土壇場こそいい加減に行け

 諸伏はいつも河南に手を焼いているが、根底には感謝の意があるため決して彼女を家から追い出したりはしない。河南に駄菓子をあげたり遊びに連れ出してたりしている松田や萩原も、きっとそうなのだろう。あまり甘やかすなと口酸っぱく言っているもののそれは諸伏自身にも言えることだった。
「貴様、最近家から出ないな」
 ある日、河南はそんなことを述べた。
「そうかな?」
「会いたくない人間でも近くにいるのか」
 彼女は何気に勘が鋭い。そこだけが、嫌いなところだった。
「心配するな、もし顔を見られたとしても記憶が飛ぶまで相手を叩き潰してやる」
「どう足掻いても心配しかないな」
 分かりにくいが、気を遣われている。河南はガサツそうに見えて意外とこういうところがあるから、拒絶しにくい。おかげでいつもこそばゆい感覚に悩まされている。
「それに、いつまでも社会のクズだとニートを笑えないぞ」
「ここ最近河南の目がやけに冷たい理由はそれだったの!?社会のクズだと思われてたの!?」
「瑣末なことだ」
「いや超重要事項だと思うけど!!」
「大丈夫だ、お前以上のクズを見たことがある。それと比べれば可愛いものだ」
「フォローになってないフォローをどうもありがとう」
「…礼を言われるほどのことじゃない」
「皮肉ってんだよ照れるなッ!!」
 そんな応酬を続けていると「なに漫才してんだお前ら」と呆れた声がリビングに届いた。リビングのドアのところに松田がいた。今は玄関が存在しないから勝手に入ってきたのだろう。「何で玄関のドア取れてんだよ」「河南が取った」「ああ…」彼は河南の怪力を目の当たりにしたことがあるため驚かなかった。
「お前マジいい加減にしろよ。玄関ないのは流石に困るだろ」
「菓子」
「ほら」
「うむ」
「…思ったんだけどさ、松田は何でいつもねるねる○るね買ってくんの?」
「河南が色変わるの面白れえから好きって」
 駄菓子のリクエストなんてものに逐一付き合う彼も珍しい。
 どうやら松田が言ったことは本当のようで、河南は夢中になって水飴をくるくるかき回している。そんなもので機嫌が良くなるのなら箱買いくらいしてやるというのに。――という諸伏の微妙な気持ちなど露知らず、河南は「大体…」と口を開いた。
「私はヒロミツが外に出たがらないから出やすいようにドアを取ってやったにすぎん。むしろ感謝してほしいくらいだ」
「いや落ち着かないだけだから」
「ドアがなくなれば内も外もないだろう。この地球が自宅だ」
「すげえ壮大だな、ぶっくくくく」
「松田、笑い事じゃないから。由々しき問題だから」
 彼女のそういう考え方は嫌いではない。が、それとこれとは話が違う。一度真面目に叱ったほうが良いだろうと判断し、すうと息を吸った――瞬間。
「誰だ」
 河南が刀の柄に手を添えた。