焼けた皮膚をペリペリ剥がすといつも後悔する

 安室透はコナンたちと海にやって来ていた。元々は蘭や園子、子供たちといったいつものメンバーで遊びに来る予定であったらしかったが、ポアロで彼女らに誘われたのである。本来の自分なら遊びに行く余裕なんてないものの、コナンもついて行くと聞きつけ快諾したわけである。この少年はもう少し探りを入れる必要がある。こういう遊び場なら少年も気を緩めてボロを出してくれるのではと、淡い期待を抱く安室。
 しかしそういう甘いことを考えていると痛い目を見るというのはよくある話だ。
「む、大串ではないか」
 その声に冷水を浴びせられた気がした。
 何故河南がここに?しかも結局名前を間違えている。
「河南、さん……貴女こそどうしてここに…」
「いい匂いがしたからな」
 そう言う彼女の手には焼きそば。水着ではなく普通の服装にそれということは、言葉通り匂いに釣られて海にやって来たようだ。本当に食べることが好きらしい。あれだけ食べてこのプロポーションを保てる秘訣は何なんだろうと下らないことを考えながら、相変わらずですねと相槌を打つ。
「ところでお一人ですか?」
「いや、ヒロ……カルもいる」
「誰ですかそれ」
 思わず突っ込んだがヒカルのことらしい。変な言い間違いに首を傾げていると渦中のヒカルがトロピカルジュースを片手にこちらにやって来た。
「えっあっ安室くん!?何でここに!?」
「僕は蘭さんたちに誘われて……貴方がたは泳ぎに来たわけではないようですね」
「ま、まあね…」
 ここで偶然出会えたことを喜ぶべきか否か。ヒカルには色々と探りを入れたいところだ。
 それに今、個人的に気になる点が生まれた。
「河南さんは剣道をされているんですか?」
 いつもは持っていないが、今日の河南は背中に長方形の袋―刀袋―を下げている。それを指摘すれば彼女は少し変な顔をした。
「ああ。この子、結構運動神経が良くてね。特に剣道が得意なんだ」
 彼女の代わりに答えるヒカル。
「そうなんですね。でも変だなぁ」
「え?」
「普通剣道なら稽古用の竹刀一本と予備を一本か二本、つまり三本を袋に入れて持ち運ぶ筈です。でも河南さんが持っている刀袋はどう見ても一本しか入らないものですよね。一本しか持ち運ばないなんて折れた時に困りませんか?」
「河南は後先考えないタイプだからなぁ」
「うるさい」
 ちょっとした疑問だったがあっさりと躱された。ヒカルの言い分が嘘であることは明白だが、これ以上突っ込むと違和感を抱かせてしまうだろう。仕方がないので以降その話題に触れはしなかった。
 そこで河南が何か飲みたいと言ったので安室は二人と別れた。ヒカルのことは非常に気になるが、今来ている面子を抱えながら彼らを探るのはリスクがありすぎる。
 そう、思っていたのに――。
「何でここにいるんですか!?」
「むぐむぐむぐむぐ…」
「しかもかき氷食べながら!!」
「あなた、あまりツッコミすぎるとキャラが崩壊するわよ」
「哀ちゃんツッコミってなに?」
「あら吉田さん、あなたは気にしなくていいの」
 子供たちに付き合う為に海に入った安室であったが、何故かマットタイプの浮き輪に座った河南が流れてきた。焼きそばは完食らしたらしくデザートのかき氷に手を出している。「むぐむぐ…私が何を食べていようが…むぐ、貴様には関係ない」聞きたいのはそこではない。
「飲み物はもういいんですか?」
「ああ構わない。いざという時は海を飲む」
「死にたいんですか?」
「馬鹿め、海は生命の母だぞ。少し飲んだ程度で人を殺すわけがないだろう」
「そういう問題じゃないんですけど」
 そんな馬鹿なやり取りをしていた罰なのだろうか。ふと、頭上からピシリという亀裂音が聞こえてきた。
 崖が、崩れかけていた。
「みんな!早く離れるんだ!!」
「早くしろおめーら!!」
 すぐさま気づいた安室とコナンが子供たちに呼びかけたお陰で、比較的早い段階で離れることことができそうだ。それでも心配はある。もう降ってくるだろうかと確かめる為に振り返ったその視界の中心には、崖を見つめる河南がいた。
「何してるんですか河南さん!早く……」