三度のメシよりやっぱメシ

「貴様らに協力する義理はない」
 にべもなく断られ、やっぱり駄目かとうなだれる。
「そもそも私は今怒っている」
「えっ?な、何で?」
 思わず問いかければ彼女は眉間にこれでもかというくらい皺を寄せた。
「食事を邪魔されたからだ。今日は下の階のレストランで特別メニューを食べる予定だった。だというのに危ないだが何だが知らんがシェフが逃げた」
 警察が東都タワーを封鎖したため、客も含め従業員は皆避難している。食事を邪魔されたというのはそういう意味だったのだ。
「もしかして貴様が元凶か?」
 閃いたとばかりにアイリッシュの胸倉を掴む河南。大正解だが彼をボコボコにするのは待ってほしい。コナンなら胸倉を掴まれた時点で肝が冷えて言葉も出ないが、アイリッシュは笑みを保ったまま「メシの邪魔して済まねえな」と軽口を叩いた。
「責任の取り方は分かっているな?」
「分からねえな」
「お、おいアイリッシュ…」
 彼女を挑発しすぎると本当にどうなるか分からない。コナンは河南自身をいまだ計り知れていなかった。しかしながらそんな心境など露知らずと言わんばかりにアイリッシュはお前の言う責任の取り方を教えてほしいぜと告げる。
「そんなもの簡単だ」
 ―――ぐぅううううううう。
 呼応するように間の抜けた音が鳴る。
「メシを、寄越せ」
 あまりにも単純明快で、返答さえ忘れそうになる。
 そうだ。彼女はそういう人間だった。
 コナンが呆れにも似た感情を抱いていると、ハハッ!と愉快そうにアイリッシュが笑った。
「じゃあアレを追っ払ってくれたらメシでもなんでも奢ってやるよ。今はこの場から逃げるのも一苦労だ」
 弾丸を送り続けるヘリを指すアイリッシュ。そこにはやれるもんならやってみろと言わんばかりの挑発があった。
 河南の目の色が変わる。
「―――その言葉、忘れるなよ」
 ゆっくりと立ち上がった彼女は黒い鉄の塊と対峙する。そこで彼女が本気であれをどうにかしようとしていると察したアイリッシュは、オイオイと当惑した。
「本当にやんのか?やめとけ、死ぬぞ」
「河南さん、あれは流石に…」
 コナンも制止しようとしたが、次の瞬間には河南は地面を蹴り外へと身を投げだしていた。
「ほわちゃぁああああああ!!!!」
 そして、ヘリに飛び蹴りを喰らわせた。
 チリチリと舞う火花。夜空に舞う光線をまといながら彼女は空中でクルリと一回転し、東都タワーへと着地する。背後ではヘリが灰色の煙を撒き散らしながら降下していった。遅れて鼓膜に届いた爆発音に、遂に墜落したのだと悟った。
「は………ハハハ!マジかよ!あり得ねえ!本物のバケモンじゃねえかッ!!!」
 非現実的な光景に興奮したのか、アイリッシュは立ち上がり額を押さえながら笑い出した。
「あ……あの人本当に…何なんだよ…」
「あァ?だからバケモンだよ、工藤新一。この世には理解できねえモンがある。何でも解き明かせるなんて思い上がりも良いところだぜ」
 コナンの迂闊さを暗に非難しているようにも聞こえ、思わず彼を睨めつける。だがそんなもの効かないとばかりに素知らぬ顔でアイリッシュは河南に近づいた。
「約束通り何でも奢ってやるよ……と言いたいところだがすぐには無理だな。この騒ぎでおそらく警察が…」
 彼の言葉が終わる前に、べし、と音を立ててコナンは落とされた。河南にだ。油断していたコナンはお尻に鈍い痛みを受け思わず悶絶する。
「い、いきなり何するの河南さ…」
「ファミレス行くぞ」
「「は?」」
 次の瞬間、河南はアイリッシュの襟首を掴むと「は??」東都タワーから飛び降りた。「は???」コナンはただその一連の流れを見るしかなかった。目の前の光景を脳がすぐに処理できなかった。ただアイリッシュのものすごい叫び声が段々遠くなり、数拍の後、ズドンという何かが落ちた音が耳に届いたことにより漸く彼らが“東都タワーから飛び降りた”という意味を正しく認識した。
 アイリッシュは河南の財布ぎせいになったのだ。