正直人の顔とか一々覚えてられねェ

「待ってください」
 そう、声をかけられたのは数分前。振り返ると褐色の男がにこやかな表情でこちらを窺っていた。表面上は愛想良くしているが河南は分かった。この男、随分警戒している。
「僕のこと、おぼ…」
「貴様など知らん」
 用がないので踵を返す。
「イヤイヤちょっと待ってくださいよ!!」
「何だうるさいな。ならば三秒以内に答えてみろハイいーち終わり」
「二と三は!?」
「馬鹿者が。一以外に価値のあるものなどない」
「暴論!!!」
 何なんだこの人…と男が呟く。それはこちらのセリフだと言いたかったがこれ以上拗れると面倒なので「用件は何だ」と譲歩してやった。
「僕は安室透といいます。貴女は?」
「そうだな、エリザベスとでも呼んでくれ」
「……ではエリザベスさん、貴女この間の銀行強盗の時に犯人を撃退した方ですよね?」
 一瞬顔が引き攣ったように見えたが、安室と名乗った男は会話を続けた。
 はて、銀行強盗?河南は逡巡する。そんなものに覚えがない。
「大串とやら、人違いじゃないのか」
「人違いしてるのは貴女です。僕は安室です」
「銀行強盗なんてまったく記憶にない。やはり人違いだろう、大串」
「安室です」
「世の中には三人、同じ顔の人間がいるらしい。多分そいつと間違えているんだ、大串よ」
「安室です。そんな見え透いた嘘で僕を誤魔化せるとでも?」
 男の目が段々鋭くなってきている。成程、思ったより短気らしい。このままでは強硬手段も辞さないぞと言わんばかりの眼光で、河南を睨みつけている。さてどうしたものかと考えてみるが如何せん腹が減ったということしか考えられない。
 仕方ない、と河南は溜息をつく。
「まあ落ち着け大串。茶でも飲むか?」
「…良いでしょう、ゆっくりお話したいと思っていたところです。あと僕は安室です」