正直人の顔とか一々覚えてられねェ

 ――ラッキー、だと安室は思った。いや、思っていた。つい先程までは。
 昼食をまだ食べていないという彼女の発言を汲み、ここは僕が奢るから好きなものを頼んでくれと言ったのが間違いだった。何が女性に払わせるわけにはいかないだ。そんなものクソ喰らえだ――と、安室は普段絶対に思わないことを考える。
「そうか。ならばこのメニューにあるもの全て持ってきてくれ」
 何でそうなる!!!!
 安室だけでなく店員も顔を引き攣らせていたが、流石は日本の店員。かしこまりましたぁとマニュアル通りに済ませて引き下がった。あの店員、仕事終わりに絶対この客のことをSNSに書き込むに違いない。
 閑話休題。
 安室はエリザベスと名乗ったこの女を睨みつけ、どう情報を引き出そうか思案する。安室の眼光などもろともせず出された食事に次々と手を付けている彼女の胃袋は、一体どうなっているのだろう。細身のくせに大食漢で怪力だ。最近の若者は分からないものである。そう、呆れた途端。
「何故家に侵入した」
 唐突に、何の前触れもなく、そんな言葉が出現した。
 安室はゆっくりと彼女の目を見る。
「…何ですって?」
「何故家に侵入したと、訊いている」
「…一体どういうことでしょう。家?僕には何のことなのか」
「はぐらかす必要はない。既に貴様が私の家に侵入してきた証拠は掴んでいる。大人しく話すんだな、大串」
「安室です」
 こんなにシリアスなのに名前を間違え続けるのだから空気が締まらない。はぁ、と隠すことなく溜息をつくと「…、松田さんとは親しいんですか?」と訊ねた。
「あいつか。別に、普通だ。駄菓子をくれる」
「だ、駄菓子ですか」
「ねるねる○るねだ。最近はレパートリーが増えてきて、違うものも買ってきてくれる」
「そうですか…で、では萩原さんとは?」
「あれはただの間抜けだ」
「間抜け!?」
「私の足の下にいた。何故かは今も分からない。爆弾を止められないと言うから私がイチ○ーの如く豪速球を繰り出してやった」
 話をするのが疲れてきた。というか、何を言っているのか半分くらい分からない。額を押さえてうなだれたのは仕方がないだろう。誰にも批判できないと思う。
「それで、どうなんだ」
 彼女は続ける。
「何故私を探っている」
「…あの状況を目の当たりにして気にならない探偵はどこにもいませんよ」
 それになにより、彼女は、死んだ筈の己の幼馴染と行動を共にしている可能性がある。それを確かめる必要があった。「成程」やがて彼女が布巾で口元を吹いて呟いた。
「要は暇なんだな、お前は」
「…あの、貴女は今まで誰の話を聞いていたんですか?」
「大串、貴様の話だ」
「だから僕は安室ですってば!!」
「美味かった。さて帰るか」
「ちょっ…待ってください!まだ話は…」
「安室とやら」
 彼女は、眼光鋭い瞳を安室に向けた。
「コソコソするのは私の性に合わん。文句があるなら正面から来い。話はそれからだ」
 殺気を交えて彼女は言った。
 その瞬間、安室は――否、降谷零は悟った。この女は普通ではないと。