ありのままの己を見せろ
(いくら男でも電柱を片手では運べないっつーの)
「お腹が空いたな」
河南が呟く。「そういや昼前だな」時計を見れば短針が十二を越えようとしていた。
「なんか食うか」
「ああ……あそこ、喫茶店だな」
「ん?」
河南が指差したところを追い――愕然とした。“喫茶ポアロ”と書かれている。今一番会いたくない人間が勤めている場所だった。
「そ、そこは…!」
「……嫌な奴でもいるのか」
神妙な顔つきで河南は問う。全ての事情を察しているようだった。肯定の意を込めて頷けば、そうか、とただ一言述べて彼女は扉に向き直る。
「任せろ」
「へ」
「頼もォォォォォォォ!!!!」
ビターンッ!!とけたたましい音を立ててドアが開かれた。壊れていないということは、彼女が手加減した証しだ。
いや、今は冷静に分析している場合ではない。
「何やってんだお前はァァァ!!」
「ふっ、見ろヒカル、皆が私たちの余りの強さに言葉を失くしている」
「羨ましいくらいにポジティブだな!普通にドン引かれてんだよ!!」
「――いらっしゃいませ」
冷ややかな声に、思わず息を呑む。
「お久しぶりですエリザベスさん。僕のこと、覚えていますよね?」
「ああ…貴様は………………」
間。
「……そうだな……」
「……」
「確か………あ、あ……」
「……」
「あ…ア……あ、あっアっ…あっ…」
「「カオナシかっ!!」」
ツッコミが被ってしまった。瞬間、恐ろしいくらいに鋭い視線を向けられ、つい肩を竦める。
「そういえばあなたとは…初対面、ですよね?」
「ああ、はいまあ…河南とは知り合いなんですか?」
「河南さんと仰るんですか。彼女、僕にはエリザベスと名乗ったんですよ。困ったものです」
そう言って笑みを浮かべたが、安室の目は一切笑っていかった。これは完全に、疑われている。(自然にしないと…)この鋭い幼馴染を騙し通すのは至難の業だ。どんなことがあってもボロを出すわけにはいかない。
「おい、早く何か食べたい」
「おや僕としたことが…こちらへどうぞ」
さああなたも、と促され、適当に笑みを取り繕ってあとに続く。客の視線もそうだが、何よりもこの幼馴染からの視線から一刻も早く解放されたかった。