ありのままの己を見せろ

 その日、変装を施した諸伏は河南と一緒に買い物に出かけていた。普通なら女である河南を気遣い、男である諸伏が荷物全てを持つべきであるが、彼女は己よりも数段力持ちなのでそんな理屈は通用しない。むしろ力仕事で困った時は河南を頼る始末だ。最初こそは落ち込んだものの、“力持ち”の次元が己と違うことを理解してからは無駄な感情であったと割り切れるようになった。だって、本当にそうなのだから。
(いくら男でも電柱を片手では運べないっつーの)
「お腹が空いたな」
 河南が呟く。「そういや昼前だな」時計を見れば短針が十二を越えようとしていた。
「なんか食うか」
「ああ……あそこ、喫茶店だな」
「ん?」
 河南が指差したところを追い――愕然とした。“喫茶ポアロ”と書かれている。今一番会いたくない人間が勤めている場所だった。
「そ、そこは…!」
「……嫌な奴でもいるのか」
 神妙な顔つきで河南は問う。全ての事情を察しているようだった。肯定の意を込めて頷けば、そうか、とただ一言述べて彼女は扉に向き直る。
「任せろ」
「へ」
「頼もォォォォォォォ!!!!」
 ビターンッ!!とけたたましい音を立ててドアが開かれた。壊れていないということは、彼女が手加減した証しだ。
 いや、今は冷静に分析している場合ではない。
「何やってんだお前はァァァ!!」
「ふっ、見ろヒカル、皆が私たちの余りの強さに言葉を失くしている」
「羨ましいくらいにポジティブだな!普通にドン引かれてんだよ!!」

「――いらっしゃいませ」

 冷ややかな声に、思わず息を呑む。
「お久しぶりですエリザベスさん。僕のこと、覚えていますよね?」
「ああ…貴様は………………」
 間。
「……そうだな……」
「……」
「確か………あ、あ……」
「……」
「あ…ア……あ、あっアっ…あっ…」
「「カオナシかっ!!」」
 ツッコミが被ってしまった。瞬間、恐ろしいくらいに鋭い視線を向けられ、つい肩を竦める。
「そういえばあなたとは…初対面、ですよね?」
「ああ、はいまあ…河南とは知り合いなんですか?」
「河南さんと仰るんですか。彼女、僕にはエリザベスと名乗ったんですよ。困ったものです」
 そう言って笑みを浮かべたが、安室の目は一切笑っていかった。これは完全に、疑われている。(自然にしないと…)この鋭い幼馴染を騙し通すのは至難の業だ。どんなことがあってもボロを出すわけにはいかない。
「おい、早く何か食べたい」
「おや僕としたことが…こちらへどうぞ」
 さああなたも、と促され、適当に笑みを取り繕ってあとに続く。客の視線もそうだが、何よりもこの幼馴染からの視線から一刻も早く解放されたかった。