ありのままの己を見せろ

「ねーねーお姉さんってさ、銀行強盗の時に犯人を倒した人だよね!」
 席に座って早々、河南は隣の子供に話しかけられた。
「何だ貴様は」
 子供に対してその言い方はいかがなものか。ひやっとしたが、子供はなんてことなさげに笑っている。随分心が強い。
 河南は子供に興味がないようで、メニューから目を離さない。「お前はどうする。今日は何品まで頼んで良い?」最早子供の存在を忘れているのかと疑いたくなるほどのスルースキルだ。これには流石の子供も顔を引き攣らせている。
「…仕方ない、ハムサンドで手を打つか」
「あ、じゃあ俺も同じものを」
「かしこまりました。飲み物はいかがしますか?」
「俺はコーヒーで。河南は?」
「…………いちごみるく」
 空気が固まった。
「も、申し訳ございません。いちごみるくは…取り扱っておりません」
 安室の声が若干震えている。笑いを堪えているのが丸分かりだ。かくいう自分も噴き出しそうになったが。
「そうか…ならば買いに行くしかないな」
「イヤイヤイヤ」
 席を立った河南を慌てて引き留める。
「オレンジジュースとかで良いじゃん!」
「私は今ものすごくいちごみるくが飲みたい」
「そんなの帰ってからでも良くない?」
「馬鹿め、私はいつどこであっても自分に正直でいたいのだ。それが人生を楽しく生きる為のコツだ。覚えておくがいい」
「な、成程…?」
 若干返答が噛み合っていない気がするが、彼女が言っていることは間違っていはいないと思ってしまい、押し黙る。
 結局河南は本当に近くの自販機でいちごみるくを購入し、それを傍らにハムサンドを食した。その姿をぼんやり眺めながら、諸伏はもう二度とこの店に来れないなと思った。皆の視線が痛すぎる。
「…河南って何でそんなに自由になれるんだ?」
 こんな視線など諸共しない彼女に、問いかける。するとどういうわけか彼女は鋭い目を向けてきた。
「…別に、自由なわけではない。昔も今もな」
「?」
「ただ、気に食わんもんは気に食わんと言うようにしただけだ」
 言葉の意味を理解しかね、諸伏は口を閉ざす。河南はそれに特に何も言うことなく、食事を続けた。