時は少し遡る。仲間とはぐれたマオは、イベントに浮足立つ街を眺めながら当ても無くフラフラと歩いていた。
 喧噪が嫌だったので裏路地に入る。大通りよりも薄暗く、静かな場所はマオをに心地良さを与えた。日の光はマオには少し強すぎる。
「お嬢ォさん」
 前方から男の声。お嬢さんとは自分のことだろうかと僅かに首をかしげると、男はキミだよキミ、と微笑んだ。少し汚れた衣服を着、サーベルを所持している男はどこからどう見ても怪しい。男の背後には何人か仲間が居た。
「こんなところで何やってるの?」
「何も」
「そっかー。もしかして退屈してた?随分可愛い格好してるね、ドールみたい」
 にやり。企む笑みを、この男は浮かべた。
「そういう服好きなの?」
「俺らもそういうの結構好きなんだよ、あっちにそういう系いっぱい売ってる店あるからさ、一緒に行かない?」
「お嬢さんに似合う服、いっぱい置いてるよ」
 矢継ぎ早に言葉を降り注げられ、マオは状況を掴むことができずにいる。取り敢えず小さな笑顔を浮かべると、無理矢理腕を掴まれた。その瞬間、どうしようもない嫌悪感がマオを襲う。
 気がつけばマオは一人の男を地に伏せさせていた。顎から血が出ているところを見ると、どうやら自分が男の顎を蹴り上げたらしい。
「ち、調子乗ってんじゃねえぞ!」
 サーベルを抜いて斬りかかる男。マオは難なくそれを避けて男の肩を踏み台にして跳躍した。男たちの背後に回って一気に駆け出す。男たちはしつこくマオを追う。時折罵声が聞こえたが気にしなかった。
 光が見える。裏路地から脱出したマオは海に向かって走り出した。男たちは彼女の思惑を知らないのかそのまま追ってくる。見たところ男たちはただの不良に近い。そんな奴らがローたちのような本物の海賊を見れば尻尾を巻いて逃げるだろう。それがマオの考えだった。刀を持っていないとはいえ彼女の力でも奴らを倒せるが、それでは面白くない。そしてなにより最近鬼事をしていなかったので、マオにとってこの追いかけっこは楽しいものとなった。
 だが、鬼事は突然終わりを告げる。
「っ…!」
「っとォ悪い、大丈夫か?」
 右角を曲がった時、ハットの男とぶつかってしまった。男は衝撃に耐えて体勢を戻し、マオに手を差し伸べる。 
「おい女ァ!待ちやがれ!」
 が、丁度不良共が追いついてしまった。
「おいテメェ!そいつは俺らが先に見つけたんだ!さっさと渡せ!」
「…なに。お前らこの娘(こ)を追い回してんのか」
 ざわり、とぶつかってしまった男の雰囲気が変わる。座り込んだままのマオの前に立ち、渡さないと意思表示をする男。そんな彼に不良共は激昂した。 
「ちょっと待ってな」
 男はふんわりと微笑むと、手から炎を出した。予想もしていなかった現象に不良たちだけでなくマオも驚く。
 ただの武器と、未知の炎。勝敗は明らかだった。不良共は一目散に逃げ出した。呆気ない終わりにマオはらしくもなく茫然とした。男はしゃがみこんでそんな彼女と目線を合わせる。服装も相まって戦いに疎く非戦闘員と思われているのだろう、男は心底心配そうな表情をしていた。
「大丈夫か?何もされてないか?」
「え、ぁ……うン」
「そか。良かった」
 男は二カッと笑うとマオを立たせる。触られた腕に、不思議と嫌悪感は無かった。
 しかしその刹那、場違いな慌ただしい足音が近づいてきた。