「協力ご苦労。約束の金だ」
「は、はい…」
 意識を失ったマオを大きい袋の中に入れてから、男は懐から紙幣を取り出して少女に差し出した。
「じゃああたし、帰ります…」
「ああ」
 こちらを見向きもしない男たちに慄きながら、少女は逃げるようにその場を去った。

 少女には親が無かった。昔々、治安の悪い場所にポツンとあったボロ家にひっそりと住んでいた。ボロ家に合うボロ布同然の着物を纏って、いつも少量の食べ物を食べて一日を過ごしていた。しかしそんな少女に、転機が訪れる。目が覚めた時、どういうわけか無人島で眠っていたのだ。まさか自分は夢遊病患者だったのかと馬鹿な想像をしてしまったが、実はここは異世界だったのだというもっと馬鹿なオチに笑えるに笑えなくなった。
 少女は生きる為に何でもした。無人島から脱出し、村落に流れ着いた。村人は孤独な少女を追い返すこともせず、歓迎した。
 しかしながら村人は段々少女を畏れるようになった。何故なら、何年経っても少女の外見が変化しなかったからだ。
 最初は栄養失調故の成長の悪さだと思ったが、五年、十年と過ぎる内に村人は少女を気味悪がった。仕方なく少女は村落を出た。そして理解した。もう自分は、どこにも定住できず、帰る場所も無いということを。
 そこから更に数年が過ぎた頃、ある“力”を感じた。目を閉じて集中してみると黒い視界に赤い帯が見えた。その時少女は本能的に悟った。“自分と同じような存在がこの世界に来た”と。
 それ以来、少女は流浪の旅に出ながら、時折自分と同じような存在を探し続けていた。

 マオという、おそらく自分よりも年上の彼女は“死神”なのだろうと少女はぶつかる以前から考えていた。自分が感じることのできる“赤い帯”はその存在によって濃淡が異なる。力の弱い者は薄く捉えにくいのだが、力のある者は濃くてはっきりしている。逆にこちらが呑み込まれてしまいそうになることもある。そして彼女は後者に当てはまった。しかも、今までのどの帯よりも濃くて、重くて、強かったのだ。自分が居た世界に存在した“死神”であることに間違いはなかった。
 (これは生きる為…)同胞のような者を売ったことに後ろめたさを感じたくなかった。自分だって生きる為に必死なのだ。知らない場所に一人放り込まれ、畏怖の目を向けられ帰る場所もなくたった一人で生きてきたのだ。その点彼女には仲間が居た。取り囲まれて楽しそうに歩いていた。
 何故彼女なのか。強いからか。強いから、人は寄ってくるとでもいうのか。
 頬に涙が伝う。妬みは少なからずあった。しかしどうしても後悔の念が消えない。汚いお金を手にして不幸だと喚く自分は、醜いのだ。そして彼女のことを大して知らない自分が彼女を妬むのも、おかしいのだ。
 少女は涙を拭く。お金をポケットにしまいこんで走り出した。目指す場所は、ただ一つ。