“お嬢さん、大丈夫か?”
 耳元で囁かれた声に、意識が浮上する。穿点をたくさん浴びせられた身体では、目蓋を開けることさえ億劫だ。緩慢な動きでそれを開けるとぼんやりとした視界に白髪が映った。
「お嬢さん、しっかりしなさい」
「……ぅ…」
「つらいか?」
「へいき…」
 大分意識がはっきりしてきたとはいえ、流石にまだ起き上がることができなかった。
「ここどこ」
「ヒューマンショップだ」
「ひゅー、まん?」
「人身売買だ。分かるかな?」
「じんしん…ああヒトを売ることネ」
 辺りを見渡すともうすぐ始まるのか人が慌ただしかった。「お嬢さんは売られる為にここに居るんじゃないみたいだがね」興味深そうに人を見つめているマオは、白髪は言う。
「お嬢さん、“死神”なのだろう?」
「…ケケッ」
 すぐさま警戒したマオに、白髪は少し慌てた様子で警戒を解くことを乞う。
「私はシルバーズ・レイリ―。お嬢さんの名は?」
「マオ」
 そうかマオちゃんか、とレイリ―は彼女の名を噛みしめる。
 レイリ―は酒を煽る。喉を充分に潤してから彼女を見た。
「…実はねお嬢さん、私が昔乗っていた船にも“死神”が居たのだよ。だから分かったのさ、お嬢さんが“死神”だって」
 そうしてまた一杯、酒を煽る。
「やつがれ以外にも居たんだ」
「ああそうさ。でもそいつ、消えちまったがね」
「…、」
「ロジャーが死んでからどっか行っちまったのさ。…まったくあの老いぼれババァ、一体どこで何してるのやら…」
 独り言のように呟く彼は、少し遠くを見つめていた。
 そうこう話している内にとっくにショーは始まっていた。突き当りのドアから歓声が洩れている。かなり盛り上がっているらしい。
「今日は人魚が競りに出されているみたいだからなあ。そりゃ盛り上がるさ」
「人魚?」
「お嬢さん知らないか?人魚」
「人面魚のこと?」
「……言い方ってもんが、ね」
 レイリ―は苦笑すると立ち上がって伸びをした。「…あれ。手錠は?」伸ばされた自由な手をマオは見つめ、訊ねる。レイリ―はただ笑った。
「お嬢さん、逃げたいか?」
「…キシッ」
「これも何かの縁、私がお嬢さんを逃がしてやっても良いぞ」
 そう言うとレイリ―は彼女の返事を聞く前に、彼女の首輪に手を伸ばす。次の瞬間、首輪はカチリと鍵が鳴って外れた。何故、彼は鍵を持っているのだろうと疑問に思ったが敢えて訊かないことにする。
 この男は大抵のことは何でもできる。そう判断したマオは彼に腕輪を外してほしいとお願いする。男は躊躇うことなく腕輪を外してくれた。
「…アリガトね」
「ははは、気にするな」
 レイリ―は笑いながら隣に居る大男の手錠も外してやる。彼らは親し気で、脱出を共にするらしい。聞けばこの大男、昔は船長をしていたようだ。
「…さてお嬢さん、行こうか。君をこんなところに閉じ込めた者の顔だって見てみたいだろう」
「キシッ。お礼参り、お礼参り」
 重たい身体を無理矢理起こし、マオはステージに向かって歩き出した。