「愛してくれて…ありがとう…!!」
 本当に不合理な生き物だと、この時、マオは心の底から思った。
 だらり。エースの体がルフィの腕の中から垂れて、地面に倒れる。事切れかけていることは容易に察した。茫然自失なルフィにとどめを刺そうと拳を振り上げたサカズキに対抗したのはジンベエで、彼に敵の相手を任せることにしてマオはよたよたと彼らに近づいた。
 ぽっかり孔が空いたエースの背中を一瞥し、一言。
「…傷の修復だけならできるヨ、修復だけなら、ネ」
「ほっ本当か!?」
 希望を乗せた目を向けてくるルフィ。「だけど勘違いするなヨ」過剰な期待は抱かせたくないと、マオはひどく人間じみた感情を抱いた。
「やつがれができるのは…あくまでも損傷した内臓の修復のみ。エース自身の生命力を左右できるわけじゃないヨ」
「そんなっ…!」
 半ば絶望の気色を見せるルフィから目を逸らすが、生憎周りにいる人間全員が彼と同じような表情をしていたので意味がなかった。
 ――ああ、でも。
 とんだ馬鹿なアイデアが浮かんでしまった。
「一つだけ、方法がある」
 この場にいる全員の視線が集まる。サカズキから自分たちを護ってくれているジンベエの意識も、心なしかこちらに傾いているように窺えた。
「やつがれの力をエースに明け渡す。まあ、ほんの少しだけどネ」
「力を?どういう意味だ!?」
「…まず、やつがれは人間じゃない…死神だ」
 しん、と静まり返る場。「…二つ名のグリム・リーパーってことを言いたいのかよい?」いつかの手配書に書かれていたことをマルコが告げる。マオは首を横に振った。
「あれは二つ名なんかじゃない。やつがれは正真正銘、死神だ。人間じゃない」
 皆の息を呑む音がした。イワンコフがまさかヴァナタ…と呟いたことからして、彼もドフラミンゴ同様死神について何かしら知っているのかもしれない。
 だが今はそんなこと、どうでもいい。回道で修復作業を行いながらマオは説明を続ける。
「死神ってのは人間よりも頑丈な存在だヨ。致命傷を受けてもそう簡単には死なない。だからいま瀕死のエースに死神の力を分け与えれば、生命力や治癒力を無理にでも上げられる……かも、しれない」
「かもってお前…」
 マルコの震える声にそうだと頷く。
「成功するかは分からない」
「確率は?」
「…もし仮に今この場で成功しても明日には体が保たず自壊するかもしれない。そんなレベルだヨ。それに…」
「そんなもんどうだっていいッ!!」
 ルフィの思いが理屈を遮る。
「今エースを助けられる可能性があるなら、俺はそっちに賭ける!!」
「……もし命が助かったとしても“火拳のエース”は死ぬことになる――それでも良い?」
「良い!!俺はっ俺はただ…どんなことになったって…エースに生きていてほしい!それだけなんだ…っ!!」
 ぼたりぼたり。涙がとめどなく溢れ出るルフィの叫びは、マオの胸に深く刺さった。そして迷いが潰える。

 死神の力の譲渡は、重罪だ。

「――分かった」
 それを理解して尚、行おうとしているのだ。失敗は許されない。
「何をしようとしとるんじゃ貴様らァ!」
「デス・ウィンク!!」
 ジンベエを振り切りこちらに迫ってきたサカズキをイワンコフが迎撃すれば、皆が武器を持って立ち上がった。
「治療するマオガールとエースボーイを死ぬ気で護るッチャブル!!」
「おおーっ!!」
 壁になってくれた皆を一瞥し、マオは霊圧を整える。万全の状態ではないため難しいが、四の五の言っていられない。(あの時庇うんじゃなかったナ)痛む腕に力を込め彼の中心に両手を置く。幸か不幸か傷口が体の真ん中だったため、わざわざ斬魄刀でエースを貫く必要はなかった。
 そして一気に――力を注ぎ込んだ。