さて、自分は構わないと断わったものの強く懇願されたため、マオは別室でアシカから手当てを施されていた。「…良かった」ぽつりと、アシカが呟く。
「無事に会えて、良かった」
「キシッ…どいつもこいつも辛気くさいカオ、カオ」
「仕方ないぜよ…」
 深刻な顔をやめず、アシカは続ける。
「もうあんな別れ方、絶対せん」
「……」
「マオは仲間やき、次は絶対マオを見捨てるような真似はせん」
 アシカはマオに否定の言葉を言わせない為か一呼吸置く間もなく、はい終わった、と述べて余った包帯や薬を救急箱に詰める。その様子をぼんやり眺めながら、マオは不思議な感覚に陥っていた。心臓が不安そうに鳴り、指先が冷たくなっている。これを感情で表現するなら、後悔というものが一番近い。
 そう、後悔だ。ここへ帰ってこられたことに安堵しながら、マオは後悔していた。
 ――ドフラミンゴは元の世界へ帰れる可能性を示唆していた。
 もし。
 もし、元の世界へ帰れる機会が巡ってきた時、彼らは何と言うだろう。



「マオーーーーーっ!!!」
「うるさいネ」
「感動の再会の第一声がそれ!?」
 数時間後、食堂。
 久しぶりの帰還を果たしたマオはクルーたちに歓迎されていた。皆、術後なので疲れた顔をしていたが、一様に嬉しそうだった。マオの無事を本気で喜んでいた。
「おれ本当に心配したんだよ?」
「クマおにぎり…ごめんネ」
「あれっなんか呼び方退化してる」
「てか何でベポにはそんな殊勝な態度なんだよ!俺は!?」
「シャチは妥当だろ」
「ペンギンてめーー!!!」
 妙に浮かれているシャチは、おそらく酒をたんまり飲んでいるのだろう。頬が少し赤らんでいた。「下戸が飲むと周りがメーワクなんだよネ」「お前妙に辛辣になってね?」久しぶりでこちらも浮かれているのだ、勘弁してほしい。
 先の毒舌を笑っている面々を一瞥して、マオはローに視線を流した。再会の喜びを分かち合うのは構わないが、まずは訊きたいことがあった。
「あいつらは無事だ」
 ――あっさり胸中を読まれた。
「やつがれまだなんにも言ってないケド」
「顔見りゃ分かる」
 一言そう述べ、酒を呷るロー。「お前がそこまで肩入れする理由は分からねえがな」続けた言葉には棘があった。
「まあ俺も麦藁屋は助けるべきだと思ってたから、構わなかったが…」
「何で火拳まで助ける必要があるのか、っテ?」
「……」
「あそこで火拳見捨てたら麦わらは今度こそ再起不可能になるかもネ」
 ローが何故麦わらに一目置いているのかは知らないが、火拳を助けることにより彼に恩を売ることが可能になるのではないだろうか。彼は気にしているが、マオが彼らに力を貸したのは単なる気まぐれに過ぎない。自分がインペルダウンを脱出する際の隠れ蓑に利用できるのでないかという少しのズルと、親切心。それだけだ。
「まあイイじゃん。終わったことだし」
「……」
 彼はまだ納得できていないようだったが、早々に傍を離れようと踵を返す。ドフラミンゴのことを訊かれるなど、冗談じゃなかったからだ。だが――「おい馬鹿、包帯が解けかかってるぞ」あっさり足止めされた。
「来い」
 有無を言わさぬ態度だったので大人しく従う。彼は医者らしい丁寧な手つきで包帯を巻き直していった。
「アシカの野郎、雑な仕事しやがって」
「やつがれよりも上手いから雑じゃないネ」
 マオ自身がやれば最終的に包帯を巻かないという選択になるだろう。それが分かっていたのか、ローはぶつくさ文句を言いながら他のガーゼ等も綻びがないか検診していく。意外なことに先の会話以上でマオが単独だった時のことを掘り返されることはなかった。変なのと思いながら、ローの掌が肌を這う感触を楽しむ。己が所属していた部隊の者以外にこうして体を触られることは中々ない経験であった。
 横文字が彫られている指先からおもむろに視線を上げると、偶然にも彼と目が合った。
「……、」
 何か言いたげな三白眼に首を傾げる。瞳にはいつもの無遠慮な鋭さはなく、戸惑いが感じられた。自分に遠慮するなど彼らしくもない。珍しいこともあるものだと観察していると、不意に何かに気づいたのか、ローの気色が変わった。
「お前、眼が…」
「マオーーーっ!飲み比べしようぜー!」
「そんなに大声出さなくても聞こえてるシ」
 自分の腕からローの手を下ろして立ち上がる。「潰してやるヨ」「こわっ!!」「やってやれマオ!」皆の声援を受けて酒を取った。それ以降、ローとの会話はなかった。