ローに文字通り背中を押されたマオはノックもなしにドアを開ける。
「呼んだ?」
「うォおお!?」
 エースは着替えの真っ最中だった。「おまっ…せめてノックくらいしろよ!」乙女のように頬を染めて下を隠すエースを気持ち悪いなと思いながらも、取り敢えず言われた通りドアを叩いた。
「いや今じゃねーよ!」
「呼んでおいてうるさい奴だネ」
 わさとらしく肩を竦めればエースは先程の赤ら顔から一変、申し訳なさそうに眉をハの字にした。
「忙しかったか?」
「トーゼン。おかげで最後のワッフルを食べ損ねたヨ」
「……………まあ、座れよ」
 きちんと下を履いたエースに促され、仕方がないので大人しく座る。彼はベッドの上で胡座を掻いた。
「悪かった」
 突然の謝罪にじっと彼を見つめれば、この前お前に当たり散らしたこと、と続けた。
「あの時俺は普通じゃなかった」
「見てれば分かったヨ」
「お前は命の恩人なのに、俺は……」
「そういうのは嫌いだからやめてヨ」
 反吐が出る。話のつまらなさを伝える為にベッドの足を蹴れば足癖が悪いなと笑われた。折角可愛い服を着てるのに台無しだとも。
「で、話はそれだけ?」
「いや、お前が俺をどうやって助けたのか訊きたい。………死神、だったか?」
「ああ……」
「あれから炎が上手く出せねえんだ。これはもしかしてお前が俺に何かした影響だったりするのか?」
 端的に言えばそうである。悪魔の実の力の程度がどれ程なのかは知らないが、エースはあの時殆ど命を落としかけていた。それをマオの死神の力で無理に引き留めた。今のエースは人間というよりも死神に近い存在であり、悪魔の実の能力に影響があっても不思議ではない。
 簡単にだがそう説明してやればエースは納得したようだった。
「俺がもう能力者じゃねえんだったらメラメラの実がどこかにあるかもしれねえな」
「?」
「なあ、俺もその死神の力ってので戦えたりしねえのか?」
「無理デショ」
「即答!?」
 あからさまにがっかりするエース。うなだれている様は現世のナントカという像に似ている気がした。名前は覚えていない。
「で、でもお前はビーム的な何か出してたじゃねえか」
「びいむが何か知らないケド、ヒヨコ並みのエースが一丁前に戦うとか絶対無理デショ。冗談も存在だけにしなヨ」
「そこまで言うか普通!?こう、鍛えたりとかで会得できるもんじゃねえのか?」
 まあ確かに鬼道は修練で何とかなるものである。しかし彼の中の霊力は彼自身が元々有している屑レベルのものとマオが流した霊力しかない。その内のマオの霊力は彼の生命維持に使われているため、残りの力で戦うのは期待できない。
「雑魚撃退用の鬼道なら使えるかもしれないけどあんまり期待しないほうが良いヨ」
「そうか……」
 そこでエースは真剣な表情をして黙り込んだ。何を考えているのかさっぱり分からないが、もう用事は済んだのだろうか。残りのワッフルの行方が気になるため席を立てばちょっと待てと引き留められた。
「戦い方を教えてくれ」
 想定内の申し出だ。
「それってやつがれに何か利があるの?」
「……俺と一緒にいられる」
「サ、紅茶でも淹れてもらおーット」
「冗談!冗談だよ!!悪かったって!」
 腕にしがみつかれたので渋々席に戻る。「それで?」スカートのフリルを指先で遊びながら訊ねる。
「…俺には戦う力が必要なんだ……っ…戦いたいんだ…!」
 ギリッと奥歯を噛み締めるエースの表情は、悔恨に染まっていた。おそらく今彼の脳裏にあるのは仲間と、白ひげの顔。あの時ルフィが抱いていた感情に似たものを彼は想像しているのだろう。やれやれ、と再び肩を竦めたくなる。
「どいつもこいつも面倒なヤツだヨ、本当に」
 エースの顔色が途端に輝いた。