さて、マオの額の処置の為にひとまず船内に戻ったものの、空気はどんより重かった。医務室に引き篭もっているマオとローはこの空気に触れずに済んでいるのだから羨ましい。俺もそっちに行きたい、とシャチは心の中で涙する。
 誰もが口を噤んでいると、ふとエースが開口した。
「お前よく平気で入って来れたな」
「フン」
「何だその態度。いきなりマオに斬りかかったこと忘れてねえぞ」
 実は少女だけでなくマオが破面アランカルと呼んだあの男も一緒に船内にいたのだ。
 マオに手を出したこと、怪我を負わせたことに関して詫びの一つもないためエースと彼は他と違いとりわけ険悪な雰囲気に包まれていた。「ローは何でこいつを追い出さねえんだよ…」果ては船長のことまで文句を言い出すのだから相当不満なのだろう。シャチも何故、という思いが強いがローのことだから何か考えがあるに違いない。
「この人の力が必要なんです…」
 重い空気に耐えられなかったらしく、ローたちが戻っていないまま少女がぽつりと呟いた。
「ソウルソサエティっていうところに帰る為にはってことか?」
 ペンギンが訊ねれば少女は強く頷いた。
「この人は黒腔ガルガンタを開けられる人だから、絶対必要なんです」
「がるがんた?あれ?なんか聞いたことあるよな?」
「シャチ覚えてないの?役場の人がそういう単語を聞いたって言ってたじゃん」
「ああ!」
 そういえばそうだった。破面曰く、推測だが死神が専用で使う穿界門とは違い、黒腔ならあちらとこちらの世界を繋げられる可能性があるらしい。なんでもこの男自体、遊び半分で適当な場所に黒腔を繋いだらこちらの世界へやって来れたとのこと。来ることができたのなら帰ることもまた然りというわけだ。
「あたしあの人に酷いことをしたから…お詫びというか、なんというか、とにかく帰してあげたいなって思って…それで来ました」
「なっ……勝手なこと言うなよ!」
 思わず立ち上がって怒鳴りつける。反動で椅子が音を立てて倒れたが構わなかった。シャチ、とペンギンが窘めるように名を呼ぶ。
「マオはハートの海賊団のクルーだぞ!詫びだか何だか知らねーけど押しつけがましいっつーの!」
「でもっあの人は死神だから…」
「だから何だよ!!」
「し、死神が尸魂界に帰るのは普通のことです!」
「そんなのお前らの常識だろ!?マオは死神以前に俺らの仲間だ!」
 少女は怪訝そうに首を傾けた。破面も、不思議そうにシャチを見つめている。
「な、何だよ」
 二人の無言の視線に思わずたじろぐ。
「馬鹿な奴だな」
「はぁ?!」
 唐突な暴言に苛立つが破面が気にした様子はない。むしろ反応を見せたシャチを完全に無視して「おいガキ」と少女に話しかけた。
「俺は死神を送ろうが送れまいがどちらでもいい。さっさと決めろ」
 言いたいことだけ言って破面は部屋から出て行ってしまった。
「……きみよくあんな怖い人にガルガンタ開けてくれってお願いできたね」
 静観していたベポが穏やかな口調で言う。見た目も相まってか、どうやらベポには心を開いているらしい少女は幾分か目元を和らげた。
「条件を出されたからそれを飲んだだけです」
「条件?」
「はい。魂を半分渡すことを条件に、黒腔を開けてくれることになってるんです」
「「「タマシイ!?」」」
 予想外の条件に全員が頓狂な声を上げてしまう。
「そ、それお前大丈夫なのかよ。死んだりとか…」
「エース怖いこと言うな!!」
「だってよォ…!」
「魂の全てを奪われるわけじゃないから大丈夫ですよ」
 それにしたって酷い話だ。本当に無事で済むかだって、定かではない。
「…随分楽しそうだな」
「外まで声が聞こえてたネ」
「キャプテン!マオ!」
「楽しくなんかないッスよキャプテン!」
 いつの間にいたのかローとマオが扉の前で室内の様子を窺っていた。
「マオ、デコはもう大丈夫なのか?」
「トーゼン」
 念の為ローに視線を向ければ彼は眉根を寄せた。