ローが言うにはマオの弱体化が著しいらしい。
「それってやっぱり俺の所為か?」
 真っ直ぐな瞳でそう訊ねるエースに、ローはおそらくなと答えた。ところが肝心のマオは「さあね。因果関係なんて知らないヨ」と興味なげに述べた。そしてエースやシャチたちの隣を通り過ぎ、少女と顔を突き合わせた。
「ン〜、ンん〜??」
「…???」
 鼻先がくっつきそうなほど近づくマオに、少しの恐ろしさを感じたのか後ずさる少女。
「…マオ」
 半ば呆れたように呼ぶローであったが実力行使はしなかった。やがてマオはしきりに頷きながら少女から離れる。
「ははあ、ナルホド〜」
「あの…?」
「どうしたんだよマオ」
 何をしてるのかシャチには全然分からないため我慢できずに訊ねれば、彼女は少女から目を離さずに述べた。
「オマエ、どちらかといえば滅却師クインシー寄りかぁ。だから霊絡を辿れたんだネ」
「そこのガキの素性なんてどうでもいい。マオ、そいつがお前に会いに来た理由について話せ。ガルガンタとかいう穴の話は事実なのか?」
 厳しい声音にマオはおお怖いと呟いてから説明する。
「黒腔で世界間を移動できるかは分からないヨ。あの穴は未知の要素が多いからネ。ただ、死神が通行で使う穿界門せんかいもんは“やつがれたちの”“現世と尸魂界”を繋ぐ門だから、この世界からは開けられない。それは確かだ」
 黒腔に確信が持てない発言に、思わず「じゃあ博打みたいなモンじゃねーか」と弱音を吐けば少女がきっと上手くいきます!と反論してきた。
「そうじゃないと困ります!あたしどうしても帰りたいんです!」
「いや…そりゃお前は帰ったらいいよ。でもマオはウチのクルーなんだって」
 相も変わらずマオと一緒に帰るのが当然のように語る少女に最早尊敬の念すら抱く。どれだけシャチたちが言っても聞かないのだ。ここはもう我が船長に任せるしかない。
 さあどうぞとばかりにローに顔を向ければ、彼は何故か神妙な顔つきで少女とマオを見比べていた。そして、溜息混じりに言葉を紡ぐ。
「ガルガンタで帰れる保証はない」
「…はい」
「だがそれ以外で帰る手立てはない」
「…はい」
「そしてなにより死神マオはガルガンタを開くことができない、か…」
 奇妙な緊張感が場を支配した。
 ――なんでキャプテンはそんなこと確認するんだ?
 妙な不安が、シャチの胸中に滲む。「マオ」ローはシャチの思いなど一切知らずにこう言った。
「好きにしろ」
 シャチは、聞き間違えたのかと思った。だから張り詰めた空気の中「あの、キャプテン…」と彼を呼ぶことができた。
 彼の三白眼がシャチを鋭く射貫く。
「いま、なんて?」
「……好きにしろと言ったんだ」
 その言葉が終わるよりも早く、ローはシャチからマオに視線を戻していた。
「ここに残るか、それとも帰るか、お前の好きにしろ。俺は干渉しない」
「おいロー!本気で言ってんのかよ!!」
「ああ、俺は本気だ」
「テメェ!!!」
 無言のマオよりも激昂しているエースがローの胸倉に掴みかかる。しかしローはそれを鼻で笑うとROOMを展開させ彼の両腕を斬り落とした。瞬間、少女の悲鳴が室内を満たす。両腕を失ったエースは歯軋りしてローを睨んだ。対抗するかのようにローの視線も厳しいものになる。
ただの・・・エースが誰の胸倉掴んでんだ」
「ッ!!」
「部外者が口を挟んでんじゃねえ、これはうちのクルーの問題だ」
 あんまりにも冷たい声だった。エースが何も言えずに黙り込めば、この話はもう終わりだとばかりにローは部屋から出て行ってしまった。