全員が迷子になっている――マオは現状をそう捉えていた。勿論全員という枠組みに己も含まれている。
「初めてケンカしたね」
食事を終えたマオのあとをついて来ているベポが、呑気にもそう述べる。言われてみればその通りだ。初めてまともに、正面切って喧嘩をした。「マオ大丈夫?」ベポの心配そうな声に笑う。
「やつがれよりあいつの心配したら?」
「おれはマオも心配なんだ。マオはすぐ平気なフリするから」
知った風な口を利くな――ここに来てマオは何故か苛立ちに似た感情を抱く。
その時、背後からベポ以外の気配を感じた。アシカだった。
「アシカどうした?」
ベポが訊ねれば彼は少し気まずそうに眉をハの字にした。
「なんかあったのか?」
「え……」
「さっきの喧嘩…お前がシャチと喧嘩なんてらしくないぜよ」
そう言ってアシカはベポと同じ目をした。再び内側がささくれ立つ。二人と一匹は暫く口を開かなかった。波の音と町の生活音が風に乗ってマオの鼓膜を揺らした。それらはいつの間にか聞き慣れていた音だった。
やがてアシカがぽつりと呟いた。
「シャチ、きっと泣くぜよ」
「もう泣いてるヨ」
彼は目を丸くしてマオを見る。
「どうせ今頃泣いてるネ。あいつ、ヨワムシ」
「マオ!」
咎めるような、強い口調のベポ。熊の顔には怒ったような深い皺が刻まれていた。何があったんじゃ、とアシカが訊く。ベポはマオを一瞥してから昨日の出来事について簡単に説明した。そして、食堂の喧嘩の詳細についても。
全てを聞き終えたアシカは怒ったような、それでいてがっかりしているような複雑な表情を見せた。
「何でそんなことになっとるんじゃ」
「人生そんなモン」
「そういうことを聞いてるんじゃなか」
彼はいまだ憤然としている。
「確かにシャチが怒るのも分かるぜよ。今のお前の態度、気に食わん」
どいつもこいつも、一体どうしろと言うのだ。
新しい苛立ちに襲われる。敵が憎いだとか、殺してやりたいだとか、そういうものではない。似ているようで違う新しい感覚の苛立ち。傷つけたいとは思わない。だからどう発散すれば良いのかも分からない。ただ悪戯に、胸の
むかむかだけが増えてゆく。
「やつがれは」
だから、確認をするしかない。
「やつがれは、死神だ」
己の存在意義を。お前たちは違う存在であることを。住む場所も、生きる理由も異なることを。
言い聞かせるしかない。
命あるものは、願わくとも不思議と在るべきところへ向かってしまうことを。
「――ああ、そうじゃったな」
どこか諦めたような声の、アシカ。
「お前は死神じゃったな」
「そうだヨ」
「……お前の気持ちは分かった」
ふう、と息を吐く彼に訝しげな目を向ける。瞬間、頬に衝撃が走った。「アシカッ!?」ベポの野太い悲鳴のような声が轟いた。
マオが、アシカに殴られた。
「ボクなりのけじめじゃ」
「……」
「色々と思うところはある。でもボクはこの一発で前に進むことにする。じゃからお前も腹をくくれ」
言いたいことだけを言い捨てると彼は潜水艦へ戻っていってしまった。ぼんやりしながらその背を見送り、座り込んだままでいるとベポが目の前にしゃがんだ。大きな手がマオの頬をさする。
「おれには何が正しいのか全然分からないけど」
優しくて、低い声。
「おれはただ、マオやみんなが傷つかなかったらいいなって、思う」