朝から梨胡を見られて幸せだった平古場であったが、朝食の席は彼女と同じグループでなかった挙げ句、梨胡の隣が白石であったため複雑な気分になってしまった。しかも神の悪戯か昼食時の彼女の正面は不二だったのだ。これでは朝急上昇した気持ちもあっという間に底辺だ。
「凛、梨胡とはどんな感じ?」
「どうもこうも…近づけてすらうらんよ」
 昼練まで時間があったため、廊下を歩きながら甲斐に進歩状況を話す。昨日意気込んで攻めていく姿勢にしたのに、こうも邪魔をされては流石に挫けそうだ。
「確かんかい、ちゅーや(今日は)見事んかいすれ違ってるんもんな」
「はぁ……」
「まあまあ、これからやっし………あ!」
 不意に甲斐がある食堂を見つめて立ち止まる。何かと思い倣うと、梨胡が食堂のテーブルを拭いていた。
「おーい梨胡!」
「なっ…裕次郎!」
 彼女のほうに歩いていく甲斐を止めることもできず、仕方なくついて行く。梨胡はきょとんとしていた。
「テーブル拭いてんの?」
「うん」
「手伝うってよ、凛が!」
「わん!?」
「…でも、もうすぐ昼練始まるんじゃ?だからいいよ」
 何を言い出すのかと慌てたが、その前に梨胡に断られてしまった。
 梨胡は布巾を置くと煩わしそうに髪を後ろに払う。その姿に見惚れていたら、いち早く甲斐が「梨胡!」と呼んだ。今度は何だ!?と平古場が構える。
「やー、からじ(髪)結ばねーんぬ?」
 そう言って梨胡の手首についている髪ゴムを指差す。
「ああ………さっきまでポニーテールにしてたんだけど、毛先が首に当たってくすぐったかったからやめたの」
「お団子にしたら良いじゃん」
「…私、お団子できないの」
 その瞬間、甲斐がニヤリと笑った。
「凛!梨胡のからじ結ってやれよ!」
「え?!」
「平古場…お団子結べるの?」
「凛はからじ結うの上手いんだ!」
「確かに平古場って髪長いもんね」
 じゃあ頼もうかな、なんて言って梨胡は近くに置いてあったポーチを渡してくる。ブルーの、シンプルで可愛らしいポーチだった。
「櫛とかピンとか入ってるから、好きに使って」
「ほら凛!さっさとやっちまえ!」
 ニヤニヤして背中を叩いてくる甲斐を一睨みし、平古場は梨胡の背後に立った。
「じゃ、じゃあ…やるぞ?」
「うん。お願いします」
魔法の言葉


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