自分がしたことには責任を持て


 それから燕はひたすら逃げた。妹の言われた通りに事を起こした。髪を切り、服装と口調を変え、苗字も“霧島”に改めた。本当は名前も変えたほうが良かったが、それでは父母と訣別したように感じたのでやめた。
 親戚が幕府に自分の存在を言ってしまったのではないかと暫く冷や冷やした生活を送っていたが、いつまで経っても送り込まれてこない刺客に、どうやら親戚は自分と縁を無理矢理切ったのだと悟る。ある意味燕にとっては有難かった。
 縁を切ったからといって不用意に目立つ行動を取ってはいけない。身を潜めながらふらふらと流浪の旅を続けていた頃、偶然行き着いた京で思わぬ情報を手に入れた。攘夷戦争に貢献したとされる幕僚の者が京に視察をしにやって来ていた。その時燕は知ってしまった。松陽の処刑の執行命令を出したのが“井久間”という男だということを。そしてあの時母を殺したのと同一人物かもしれないという疑いも芽生えた。
 燕は目的を持った。もう何も無かった筈だったが、生きる理由を見つけた。それは父母の復讐、とりわけ父をただ待っていただけの無力な母の為の仇討ちであった。
「…………あなたにとっては些細なことだったでしょう。でも、それであっしは…私は全てを失ったんです」
「……ま、待ってくれぇ…っあれは私の独断じゃ…」
「そんなことはどうでもいい」
 ジリ、少しずつ燕は井久間に近づく。銃の取り扱いには慣れていないので、できるだけ近くで発砲しないと当たらない。
 やっとここまで来たのだ。情報を必死に集め、確たる証拠を掴んだ。もう後戻りなんてできないしするつもりもない。井久間を殺す―――その思いで燕の頭はいっぱいだった。
 しかし、その時であった。
「燕ッ!!」
 燕にとっては運悪く、彼らと再会してしまった。
「…何で居るんですか、万事屋さん」
 普通なら脱出しているだろうに。どうしてここに辿り着いたのか疑問に思ったが、深く訊ねはしなかった。もしかしたら烏が教えたのかもしれないと考えたからだ。
「ひィっ…た、助けてくれぇ!」
 情けなく声を上げる井久間を、燕は冷ややかに見下す。
「……燕」
「復讐はやめろだなんて常套句、言わないでください。私はこれだけの為に今まで生きてきたんです」
 銃を握る手に力を込める。震えてなどない。迷いなど無かった。
「……復讐したいのか」
 やがて銀時がおもむろに口を開く。
「当たり前じゃないですか」
「…燕、お前の気持ちを否定するつもりなんてない。だけどな……復讐しちまったら、お前、今よりもっとつらい思いをすることになるぞ」
 冷静な声音に燕は目を細める。その知っているような物言いは燕に僅かな油断を与えた。
 その時、斉藤が燕に近づく。「…動かないでと言った筈ですが」すると斉藤は燕の手前で止まる。手にはノートがあった。
“あなたのお母さん”
「…?」
“最初、どうしてあなたを逃がそうとしたか、考えたことありますか?”
 文字を読んだ瞬間、燕は思わずパッと顔を逸らした。これが独り善がりの行動だと理解しているからこそ、斉藤のその言葉は燕にとって痛かった。
「撃てば良いじゃないか」
 しかし、突然斉藤とは反対の言葉が飛んでくる。全員が振り向く。するとそこには燕を憎々しげに睨んでいたあの男が居た。
「はじめまして。“黒蟻”だ」
「…?黒蟻とは組織の名ではなかったのか」
「巷ではそう認識されているらしいな」
 桂の疑問に淡々と答え、黒蟻は歩を進める。
「撃てば良いではないか、吉田。お前は俺がお前にしようとしていることと同じことをしている。何もおかしくなどない」
「…おいテメー。いきなり出てきて横槍入れてんじゃねーよ」
 不機嫌に銀時が告げると、黒蟻はおかしそうに口許を歪めた。「ほう、貴様この男と知り合いなのか」独り言のように述べ、黒蟻はくつくつと笑い出す。「…何がおかしいんですか」燕が訊ねると黒蟻は愉快そうに開口した。
「吉田よ、確かにお前の父母の仇は井久間だ。しかし一つ間違いがある」
「間違い?」
「父の処刑執行を指示したのは其奴だが実行したのは其奴ではない」
 「貴様っ…!」不意に桂は悔しげに声を荒げる。だが黒蟻は気にしなかった。
prev | top | next
back