無言の愛

「ルキノさんは酔うんですか?」

控えめなナマエの声が耳を打つ。視線を其方に遣れば、手に持ったグラスをゆっくりと傾けた彼女が此方を見ていた。

「酔う? どうだろうか、この姿になってから特に試そうとも思わなかった。ナマエは気になるかね?」
「いつもと違うルキノさんが見られるのなら、気になります…よ」

言っていて恥ずかしくなったのだろうか、尻窄みになる彼女に思わず口角が上がる。何を恥ずかしがる事があるのか、気にしなくても良いのに。そう考えながら私はナマエの元へ足を進める。

「君が持っているそれは酒だろう?」
「はい、よく分かりましたね」
「酔うかと尋ねながら傾けているのだから分かるさ。それに君から少しアルコールの香りがする」
「ひ、一口しか飲んでないんですけどね……。これ、結晶体をイメージして作ってもらったんです」
「結晶体」

此処で飲んだ気配はなかった。きっと違う場で飲んだのだと思うのだが、私に見せるまで待てぬ程にこの酒はナマエを魅了したのか。一体どのような……と思考しようとした時だった。いつの間にか両の手で愛おしそうに握るグラスの中身を、ナマエは結晶体と口にした。

「はい。……ええと」
「ああ、成る程。私、という事だ」

僅かばかり思考が飛んだが、彼女の言わんとする事が分かった。それと同時に少しの悪戯心が芽を出す。

「私の、味は……どうだったかね?」
「言い方……! そんなに飲んでないから……あまり……」
「ふむ」

あまり揶揄いが過ぎると拗ねてしまうな、等と思いながらグラスをナマエの手から取って軽く揺らした。私を、結晶体を模したというだけあって、光に透かすと輝いているように見える。

「酒に酔うかは分からないが……君には酔ってもいい」

彼女サイズの小さなグラスを手の中で回しながらそう告げると、ガタッと勢いよくナマエが立ち上がった。チラと視線を寄越すと、アルコールに支配されたと思うほどに頬を染めたナマエが震えながら此方を見ていた。

「ナマエも私に酔ってしまったのか?」
「ちが、あの……返して」

ふふ、と思わず声が溢れた。頼りなさげにグラスへと伸ばされた手に指を絡める。指で甲を擦ってやると彼女の肩が僅かに跳ねた。

「ル、キノさん……」
「そう慌てなくても大丈夫だ」

不安と欲が宿ったナマエの瞳が揺れるのに気が付かない振りをして、私はグラスをあおった。口内に甘ったるい酒の味が広がる。私が酒を口に含んだのを見て、彼女の口から小さな音が落ちた。その音を拾い上げるように私はナマエの手を引き、そして物欲しげな其処へ口付ける。

「随分と、私の味は甘いようだ。君はどう思う?」

アルコールのせいかそれとも他の原因か、ぼんやりと私を見つめる彼女はゆっくりと口を開いた。

「分からない。分からなかったから……もう一回教えて?」

ああ、こんな甘美な誘いをどうやって断る事が出来る? 私を酔わせてくれるらしいナマエに再び口を寄せた。