私には一つ願望がある。それはルキノさんの添い寝することだ。ルキノさんと恋人になってそれなりに経つが、まだそういう関係にはなっていない。それは多分彼の優しさであるし、別にしなくたっていいと思っている。正直彼に性欲といったものが存在しているのかそれすら疑問だ。でも、一緒に寝ることくらいは許してほしい。いつもは遠いルキノさんの顔をきっと近くで見られるだろうと思うと、どうしても我儘を言いたくなってしまう。
でも私から添い寝に誘うなんて、はしたない女だと思われてしまうに違いない。どうすればいいんだろう。そう考えている私にとって、まるで救いのような噂を耳にしたのだ。魔トカゲルキノは寒いのが苦手。それを理由になんとか添い寝を許してもらえないだろうか。自然に誘えるかもしれないと、心の中で頷き彼へ声をかけた。
「最近、寒いですよね」
「ああ、確かに冷え込むようになってきたな」
私の言葉にルキノさんは乗ってくれる、というよりいつものたわいもない会話の一つだ。しかし、これが私の計画を実行するきっかけとなる。よし言うぞ、そう意気込んだもののなかなか言葉が出てこない。
「えっと……」
「どうしたんだナマエ。ほら、こっちにおいで」
「あ、うん」
「それでどうしたのかね? いつもより落ち着きがないようだが」
まごつく私を見かねたのか、ルキノさんは自身の隣を軽く叩いて手招きをする。その優しさに思わず緩みそうな頬を締めて、ゆっくりと彼の側へ腰を下ろした。
「寒いと嫌になりますよね」
「嫌……まあ、ここは温度管理がしっかりとされているからそうでもないが、冬は好むような季節ではないな」
「え、あっ、そうですね!」
思いもよらぬ返答に声が上擦った。本当はルキノさんから寒さは嫌いだの言葉を貰ってそれに賛同し、そこから自然な流れで添い寝のお誘いをするつもりだったのに。どうしようかと思案するも、いい言葉が浮かばずに曖昧な笑みを浮かべることしかできない。
「ナマエ?」
「……へ? ああ、すみません」
「本当に大丈夫か? 無理をしているんだったら、今日は自室に戻って……」
「大丈夫です!」
慌てて口を手で押さえる。自分の声が思ったより大きかったのだ。恐る恐るルキノさんを見ると、僅かに目を丸くしている。自身の子供染みた行動に耳が熱を持つ。張り切ったくせに空回って、一体何をしているんだろう。今日はもう諦めようと、小さく息を吐いた時だった。
「もしかすると、だ。ナマエは寒さが苦手かね?」
「特に苦手とは……」
「本当に?」
念押しされたようなその言葉に首を傾げる。そのままルキノさんの目を覗くと、頷くような仕草を返された。それに甘えて先程の言葉の真意を考える。何に対して本当にと聞き返したんだろう。
「あっ!」
彼の言いたいことが分かって声が漏れた。パッと顔を上げると、目を細めたルキノさんの肩が揺れた。
「君は見ていて飽きないな」
「恥ずかしいのであまり言わないでください」
耐え切れずに軽く笑い声を上げたルキノさんにそう返した。もうここまで恥を晒しているのだから今更だ。もう一度答えていいですかと口を開こうとした私を制したのは、ルキノさんの言葉だった。
「ところで……君は寒いのが苦手だったと、私はそう記憶しているが?」
「ええ、寒いのが苦手なので……」
「どうだろうか、私と一緒に寝ると言うのは」
「お、お願いします!」
嬉しさで声が跳ねる。思わずルキノさんの腕を掴んだ。その私の手を彼はそっと包み込む。そっと指を外され、そのまま軽く引かれたと思うとルキノさんの胸に抱かれていた。
「ナマエが浮かない顔をしていた時、少しだけ心配だった」
抱き締められて表情が見えないまま、ルキノさんは続ける。
「別れ話でもされるのかと」
「そんなこと」
「ありえない? まさしくそうだとも! 君からは多くの愛を貰っている。ナマエが私を嫌いになるなんてないと自負しているのだよ」
ストレートな愛の言葉ではないのに、どうしてこんなにも心臓が跳ねるのだろうか。ドクドクと体内が震えるような気がする。赤らむ顔を、緩む頬を見られたくなくて、ルキノさんに先程よりも強く抱きつく。頭を緩やかに撫でる手の感触がする。
「君の浮かない表情は見たくないということだ。ナマエも私に別れ話だなどと勘違いさせたくなければ、そのような顔はしないでくれたまえ」
それじゃあどうしてそんな心配を、と私が疑問に思ったのを見透かしていたようだ。さらりとそう言ってみせたルキノさんの口から軽い息が溢れる。彼の手が私の頬をゆるりとなぞった。
「わ、分かった! だからルキノさんも冗談でも別れ話なんて言わないで」
「……ナマエには敵わないな。約束しよう、私が君にそんな顔をさせないさ」
ゆっくりと顔を上げた私にルキノさんは優しく口づけを落とす。柔らかな瞳が私を捉えていた。その視線に応えるように緩やかに微笑んだ。
「まだ……夜には早いですけど、早寝しませんか?」
「……ああ、たまには悪くない」
掬い上げるように抱かれたその腕に、私はそっと抱きついた。