風邪を引いた。私にしては珍しく熱が続き、今もまだ下がらないままだ。両親は働きに行っており一人っきり。熱が篭った頭では何かを考えようとしてもそれを許してくれない。
何とも言えない不安が心を支配していく。怖いなあ、なんて思った時、窓が叩かれた音がした。ここは二階なのに一体……? そう訝しんで窓の方に顔だけ向けると、見知った顔がそこにはあった。
「おい! どうして最近俺様のところへ来ないんだ!」
スタースクリームだ。ひょんな事から彼と交流を持ち、どれくらいが経っただろう。毎日とは言わないが、それなりに彼と会っていたが、最近は寝込んでいたのだ。そう反論するのも億劫で、何も答えずに再び目蓋を閉じた。
「この俺を無視するとは偉くなったもんだな」
「……うるさい、スタスク」
「スタスクって呼ぶな! ……何だ、随分と弱っちい声じゃねぇかナマエちゃん」
無視を決め込んだらどうせ飽きて帰るだろう、という思惑は外れる。鍵をかけていなかった窓は、スタースクリームによって遠慮なく開け放たれてしまった。彼の響く声は、今の私にとっては中々辛いものがある。思わず口から悪態が飛び出してしまったが、自分でも驚くほど小さな声だった。これほどまでに自分は弱っていたのか。
「うん……」
「そこは言い返せよ。本当にどうしちまったんだお前」
「風邪引いて……ずっと熱が引かなくて」
「これだからニンゲンは、排熱も上手く出来ないとは」
お決まりのように人間を馬鹿にする彼に、何故だかやり切れなさが込み上げてくる。これも全部熱のせいだ。いつもなら言い返しているのに、私の口から零れたのは謝罪の言葉だった。
「ごめん、」
「……ちょっと待ってろ」
その言葉を聞いたスタースクリームは、レンズをキュッと細めると何かを思案する素振りを見せた。そして私に言葉をかけると、静かに窓を閉め何処かへ飛び立っていく。人間サイズの窓なのに器用に閉めるなあ、なんて少し的外れな事を考えながら、私の思考はだんだんと微睡に落ちていった。
カラカラと窓が開く音で目が覚める。空気が篭っていた部屋に冷たい風が入って気持ちがいい。先程よりは少しは気分が良くなっており、布団の中で身体をモゾモゾと動かした。
窓の方へ身体ごと向けると、そっと何かを中に入れようとしていたスタースクリームが視界に入る。何をしているかは分からないけれど、もしかして音を立てないように気を遣ってくれた? 彼にトコトン似合わない気遣いという音の響きに、少し面白くなった。私が起きた事に気が付いたのか、スタースクリームは動きを止める。
「あ? 目ぇ覚めたのかよ。……ほらよ、ここに置いとくぜ」
「……?」
何を置いておくのだろうか? 彼が私の部屋に置いておくものなんて見当もつかない。そんな私の様子にスタースクリームは気まずそうに一度視線を逸らした後、正解を伝えてくれた。
「アレだ、飲みモンとかそういうやつだ」
「盗んだの……?」
「ちげぇよ! わざわざこのスタースクリーム様が、サイバトロンの奴等に準備させてやったんだ。ありがたく頂戴しやがれ」
「……ありがとう、スタースクリーム」
まさか、あのプライドが高いスタースクリームが、こんなちっぽけな人間のために持ってきてくれるなんて! わざわざ敵であるサイバトロンの元に行って、何が必要なのか聞いてきてくれたのか。明日は隕石が降ってくるかもしれない……と失礼な事を考えながら、彼の思わぬ行動に涙腺が少し緩くなる。ああ、なんで今日の彼はこんなにも優しいのだろう。泣きそうになるのをぐっと堪え、彼にありがとうと伝える。
「おい、ナマエ! お前は今後も俺様の側にいて、役に立ってもらわねぇといけねぇんだ! さっさと治せよ!」
そう吐き捨てるように告げると、彼は私の頭を指で撫で満足そうに飛んでいった。残された飲み物を見つめ、彼のためにも早く良くならないとなあ……そう思った。
後日。
「ハッ! ようやく元気になりやがったか、ナマエ」
彼にあれだけしてもらったのだから、と早く治そうとはしたものの、私は人間。結局完全復活まで結構な時間がかかった。その間、スタースクリームは何度も私の様子を見に来てくれていた。あのスタースクリームがだ! そんな彼にからかい口調で言われても、私には感謝の気持ちしかない。
「うん、ご迷惑をおかけしました。ありがとう、スタスク」
「もっと感謝しろよ……ってお前! スタスクって呼ぶなって言っただろうが!」
「ごめんごめん、スタースクリーム」
このやり取りがこんなに楽しいなんて。少しふざけてから、頭に浮かんだとある疑問を解消するため、言葉を投げかけた。
「そういえば…どうやってバレずにここへ来たの?」
「ふん、そんなことか。天才である俺様にかかれば、姿を消すなんざ造作もねぇ」
「んん? つまり姿を消す装置を作った……ってこと?」
「まあ、そうだな」
したり顔をしているスタースクリームに若干イラッとするが、それは置いておいて。姿を消すだなんて、リジェの能力のようなものを作ったとでも言うのだろうか。いや自信家である彼が、作っていない物を作ったなど言わないだろう。それなら、もう一つ疑問が浮かんで来る。
私が悩んで何も喋らなくなったのを、スタースクリームは自分の凄さに言葉も出ないと捉えたようだ。自身ありげな笑みを浮かべ、流石俺様だろ?なんて呟いている。確かに凄い、それはそうだ。だけど……
「どうしてこの装置を使って、サイバトロンの基地に侵入したりしなかったの?」
スタースクリームが固まった。そして、油が足りていないブリキのおもちゃのように、固まりながらギギと動いた。ああ、その顔は。
「思い付いてなかったんだ……」
「これを使うとあまりにも俺様達が有利だろ! すぐにアイツらを仕留めるんじゃあ面白くねぇ。……気付いてたからな!」
この慌てようは絶対に気付いていなかった。彼は賢いはずなのに、どこか抜けているのは今に始まった事じゃない。成る程、その手があったかと呟いているスタースクリームに、余計な事を教えてしまった。スパイクにでも伝えておこうと心に決める。
でも、それじゃあ何のために? そう考えたところで、はたと気づく。サイバトロンに関係ないのなら、これは、私の様子を見にくるために…。
「サイバトロン基地に侵入なんてしないでよ!」
「な、急に殴んな!」
急に恥ずかしくなってきて、とりあえず一発軽くスタースクリームを小突く。痛くないけど痛いんだよ! と騒ぐ彼を横目に、熱が集まる顔を手で扇いだ。どうか、私の焦りに気づきませんように!