What would you do?

「審判小僧! 今日も手伝いに来たよ!」

部屋で訓練をしていると、元気な声と共に扉が開け放たれる。そのまま遠慮なく此方へと歩く音が部屋を反響する。僕の目の前で足を止めたのは101号室の宿泊客、ナマエだ。今日も随分と張り切っているなあ、なんて思いながら彼女に少し意地悪な言葉をかける。

「君ってば、他にする事がないのかい?」
「そんな事言わずにさ、いいじゃん!」

僕の嫌味も何のそのといったように朗らかに笑う彼女は、ここの宿泊客とは思えない。まあ、来た当初は目を当てれぬほど暗く落ち込んでいたが。廊下で見かけた際に話しかけるうちに、いつしか僕の部屋へと訪れるようになった。訓練の途中に来るのは勘弁してほしいと思っていたが、予想に反してナマエは僕の訓練の邪魔をしたりはしなかったのだ。そればかりか黒子達の仕事を手伝う彼女を、僕はいつしか受け入れるようになった。だけど……

「そう言って君の目的は僕の手伝いじゃなくて、黒子達に会う事だろ?」
「あっ、バレてた」

最近は僕の手伝いというより黒子達と遊ぶのが目的のようだ。僕ですら全員同じように見える彼等を個々として認識し、楽しそうに話しかける彼女を見ていると心の中によく分からない感情が湧き上がってくる。ナマエは僕の手伝いをしに来ていたはずなのに、これじゃあ僕は彼等に会う都合のいい理由でしかないじゃないか。今だって僕の非難の視線にも気付かずに、彼女は軽く笑って黒子達へと意識を向けてしまった。何だよ、まったく! ここの部屋の主人は僕だぞ。

「はいはい、もう帰った帰った」
「えーっ! まだここに居たいのに!!」

僕は大きく溜息を吐き、まだ居たいと渋る彼女を部屋から追い返した。ナマエが部屋から出る時黒子達の方を向き「また来るからね!」なんて笑顔で伝えている。それを見てまた苛々が募る。僕には一言もなしか。僕が居なけりゃここに存在もしていないこいつらを、どうしてあそこまで気にかけるんだ。チラッと彼等の方を見ると、少し慌てているようだった。君達がここに居れるのは僕の気分次第だと分かっているから、きっと僕の苛つきを感じて怯えているのだろう。
さて、こんな気分じゃ訓練する気も起きないし、一体どうしようか。訓練に集中出来ないならしても仕方ない。僕はそんな理由でホテルをぶらつく事にした。こんな事がバレたら親分に叱られると思う。だけどあの部屋にいたら、あのまま黒子達に当たっていた……多分。まったくもって彼女には振り回されっぱなしだ。ナマエが僕の手伝いをするのが当たり前になっていたから、きっとその“いつも”が変わるのが嫌なんだ。
特に当てもなく歩いていると談話室から楽しそうな声が聞こえてきた。この声はキャサリンとエンジェル、いやデビルドッグだ。思わず立ち止まって、ドアから漏れてくる話に耳を傾ける。かなり盛り上がっているけれどこれは気になる男性の話かな? いくら噂話が好きな僕でも、彼女達の話に入っていくほど馬鹿ではない。きっとロクな目に合わないさ。そう考えながらそぉっと踵を返したその時、「邪魔なら消しちゃえばいいのよ」なんて。
消しちゃえばいい……? 彼女達は恋の話をしていたんじゃないのか? そんな恐ろしい提案に「勿論そうするわ」と答える声が聞こえる。普通ならやっぱり彼女達はどうにかしている、そう思うはずだ。だけど……嗚呼、そうか。最初からそうすれば良かったんだ。思わず溢れそうになる笑みを噛み殺し、僕は実に晴れやかな気持ちで自室へと戻った。

***

「あれ……? あの子がいない」
「ああ、アイツならちょっとヘマをしたから」

いつものようにナマエは僕の部屋へ手伝いに来た。彼女は手伝いもある程度に黒子達を構い出したが、異変に気づいたようだ。正直1人減ったくらいで気づいた事に驚いたが、そんな考えは態度には出さず淡々と事実を告げる。そんな僕の言葉に彼女はわなわなと肩を震わし、息を吸い込んだ。これはきっと怒るだろうなあ。

「クビにしたってこと!?」
「……さあてねぇ」

僕の考えは的中した。彼女は随分とお怒りのようだ。ただ考えてもみてほしい。失敗をしたやつを雇い主が解雇するなんてよくある事じゃないか。僕の反応があまりにも小さかったからか、彼女の怒りは疑問へと振られてしまったようだ。怪訝そうな表情を浮かべるナマエに薄らと微笑んでみせる。彼等がここにいれるかどうかは君次第だ、そんな思いを込めて。
僕の思いが伝わったかどうかは分からないが、彼女は目に見えて狼狽出した。彼女の様子を見るに、僕の行動の意図が伝わったわけじゃないな。ただ理解出来ない行動をする僕に、疑念と少しばかりの恐怖を抱いているようだ。いつもニコニコしている彼女ばかり見ていたから、今日はいろんな表情が見られて楽しい。そんな事を呑気に考えていた僕に、ナマエはおずおずと切り出した。

「その、彼らは小さいから、あまり可哀想な事してあげないで」
「ま、考えておくよ」

僕の様子を伺いつつ話すナマエを見ていると、何だか彼女の主人になったようで気分が良い。黒子達が僕の事を恐れて怯えるような反応を見せても何も思わないのに、ナマエがすると全く別だ。もしかしたら彼女は僕にとって特別な存在なのかもしれない。最近は僕を苛立たせるだけだった彼等も少しは役に立つじゃあないか。
さて、彼女のお願いに返事をしてあげなければ。思考はある程度に、仕方ないなあなんて大袈裟に肩を竦めナマエをじっと見つめる。僕は一度目を伏せ、出来るだけ優しそうな笑みを浮かべ彼女に告げる。そんな僕に彼女は安心したのか、肩の力がふっと抜けたようだった。「ありがとう」なんて軽く会釈をしながら、ナマエは僕の部屋から帰っていった。僕はただ考えておく、としか言っていないのに。

***

「またいなくなってる……どうして?」
「どうして? どうしてだって! 面白い事を言うじゃないか」
「な、に……?」

しばらくは僕もナマエの事を思って、彼等の仕事を大目に見てあげていたんだ。ナマエだって自分の行いが彼等の今後に影響する……そう理解したものだと思っていた。でも駄目だ。彼女は何も理解していなかった! だから今回は彼女が疑問を口に出したら、ハッキリと答えてあげよう。そう考えていた僕はナマエが思った通りの言葉を発した事に少し興奮してしまったようだ。思わず語気が強くなってしまった僕に、ナマエはたじろぐ。

「君と親しくしていた人がこう言ってきた。仕事に集中したいから、少し会うのを控えてほしい。さあ君ならどうする?」
「……なにが、何が言いたいの!? はっきり言ってよ!」

ナマエがここに来たばかりの時もこうやって審判をしたものだ。随分と懐かしい事のように思える。でもやっぱり僕の問い掛けには答えられないんだね。前は何も言えず黙っていただけ、それを考えるとここへ来る前の彼女へと戻ってきているって事なのか。あまり、それは好ましい事じゃあない。

「仕方ないなあ、それじゃあはっきりと言ってあげよう。ナマエ、君のせいだよ」
「私の…せい……?」

ナマエの気丈に振る舞う態度に、同情心と加虐心が僕の中で秤にかけられる。だがそれも一瞬、僕は審判する者……嘘はつけない。ナマエには申し訳ないけれど、彼等がいなくなった理由を告げた。彼女にきっちり伝わるように、分かりやすく! どうだろうか、ちゃんと伝わるかな?僕のそんな心配は杞憂だったらしい。ナマエは僕から投げかけられた言葉を、時間をかけて咀嚼している。少しずつ血の気が引いていく彼女の様子に、言い知れぬ高揚感を覚えていた。

「君が黒子達の仕事の邪魔をして、彼等は仕事を失敗した。これが真実だ」
「ごめん、なさい……もう邪魔、しないから彼らを戻してほしいの」

彼女の意識は今僕だけに向いている!そう思うと身体の中が喜びで震えるようだ。ナマエの視線は宙を彷徨い落ち着かない。状況を打開しようと彼女が必死に絞り出した音は、とても小さく弱いものだった。ああ、困ったなあ。でも彼女が自分の非を認め、何とか僕に返した言葉だ。僕だってナマエを大切に思っている。だからこそ、どうにもならない事を頼まれても困る。

「うーん、そうしたいのは山々だけど……」
「私がここに来るのをやめたら、彼らは戻ってくる……?」

彼女のお願いを聞いてあげたいのは山々だけど、一度いなくなった彼等を戻すのは無理だ。彼等はもう、何処にもいないのだから。ナマエは両手をぎゅっと掴みながらこわごわと、考え込む僕にそう聞いてきた。

「戻るとしても時間はかかるさ。……その間どうしようか……」
「わ、私が! 私が代わりにちゃんと手伝うから! だから、お願い!」

ナマエが言う彼等はきっと前に働いていた黒子達だろう。もしかしたらグレゴリーママに頼めば戻してくれるかもしれない。だけど彼女に頼むのはあまりにもリスキーだ。そんな危険を冒してまで僕にとってメリットはない。それに彼等が戻ってきたら、僕へ向けるはずだったナマエの時間は彼等へと向くんだろ?やんわりと難しいと伝える僕に、彼女は早口で捲し立てるように僕が聞きたかった言葉を紡ぐ。なんて表情をしているんだ君は。きっとナマエは折れる寸前の心をギリギリのところで耐えている。そんな彼女を見ていると胸の奥が熱くなった。

「そこまで頼まれたら仕方ないね」
笑みを隠そうと唇をぎゅっと結んだ僕の様子に気づいただろうか。ナマエの方を見たが彼女は俯いたままだった。君にチャンスをあげたのに、もっと嬉しそうにしてくれよ。

「それじゃあナマエ、これから彼等が戻るまで……代わりをよろしく頼むよ」
「……うん」

これから、これからずっとよろしくね。その言葉は声には出さず、そっと飲み込んでおく。僕の声に顔を上げ、どこか困ったように笑うナマエ。安心してくれ。君が僕の思うようにいてくれれば、酷い事なんて何もしない。
ここは欲望渦巻くグレゴリーホテル。欲しいのであれば手元に置いておけばいい。邪魔者がいたら消してしまえばいい。誰も咎めなる者はいない。自分の思うまま好きに生きればいいじゃないか。それにここではきっと、誰しもがそうあるべきなのだ。さあ、ナマエ! 嫌な事は忘れて、僕と一緒に楽しく暮らそう。それが真実、はいお終い。