ハロウィンと彼

今日もよく頑張った、なんてパソコンの前でぐぐっと背伸びをする。窓から射す夕陽を横目でちらりと見つめ、随分と日が暮れるのが早くなったものだと独り言ちた。
ピンポ〜ン。チャイムが鳴らされる。届く予定の荷物もないし、いったい誰が何の用だろうか。緩慢な動きで椅子から降りていると、急かすように再びチャイムが鳴った。

「は、ハッピーハロウィ〜ン……」
「い、いちまつ!?」

誰だろうとゆっくりとドアを開けると、手に袋を持った一松がいた。いつも通りのぼさぼさ頭、だるっとしたトレーナにつっかけサンダルを履いた彼は、絶対に言わないような台詞を呟いた。目が泳いでいるあたり、大分言いにくかったんだと思う。

「ちょっと……部屋に入れてくんない?」
「ああ、ごめん」

あまりの衝撃に呆けていた私に、寒いんだけど、と一つ文句を零す。そんな一松を慌てて部屋へと招き入れた。あざーすと礼を言いながらサンダルを脱ぐ彼に、本当にハロウィンをする気なんだろうかとぼんやりと考える。

「ん」
「なにこれ」
「はあ……今日はハロウィンでしょ。それで……」
「ハロウィンだけど……えっ?」

とりあえず一松を部屋に通すと、手に持っていた袋を渡される。ハロウィンだから? 疑問符を飛ばしつつ、渡された袋の中を見ると黒と白の布地が見えた。もしかして、もしかしなくてもこれは仮装用の衣装だろうか。

「ああ“!? 俺がハロウィン楽しもうとしたら駄目だって!?」
「ええ〜……一松の情緒が分かんない……」
「ヒヒッ、すみませんねぇ」
「テンションどうしたの、もう」

未だに目の前の一松とハロウィンというイベントが結びつかなくて、恐る恐る彼を見るとよく分からないスイッチを押してしまったみたいだ。ただ、いつもより一松はご機嫌のようで、ニヤニヤといった表情を浮かべている。これ、一松のよく分からないプレイに参加させられているんじゃないの? 溜息を吐きつつ私は一松の言葉に耳を傾けた。

「で、着てくれんの」
「着るけど一松も仮装してよ」
「俺はこれでいい」
「猫耳だけ? いつもと変わらないよね」
「……いいからさっさと着替えろよ!」
「はいはい」

いつものことながら、その猫化? はどのようにやっているんだろう。私に仮装しろって言うのなら、一松にもやってもらいたかったけど……変に絡んで拗ねられても困るし、大人しく着てやろうじゃないか。なんて優しい彼女なんだ。

「やっぱりいいね。俺の予想通り」
「これどうしたの」
「……」
「何で無言!?」

ここで着替えろよ! という叫びを無視して、洗面所の方で着替えてきた私は一松からの不躾な視線の前にいた。確かに衣装は、可愛い。可愛いけれど、丈が短いしメイド服だし……単純に一松が見たかっただけじゃあないだろうか。こんな服どこで買って来たんだろう。買いに行きながら、リア充を見つけては吐かなかったか心配である。

「それより……トリックオアトリート」
「はい、どうぞ」
「はあ!? なんで持ってんだよ!」

しばらく私のことを遠慮なく見ていた一松は、とりあえず満足したのか口を開く。ハロウィンなので、お菓子が必要だろうとキッチンに置いてあったチョコレートを手渡した。
それに一松はどうやら不満のようで……そんな大きな声が出せたんだというような声量でキレる。急な大声に私の肩がびくっと上がるが、一松は気付いてはいなかったようなのでバレないように姿勢を正す。

「そりゃハロウィンだし……で、何で急に? こういうイベント嫌いだったんじゃないの?」
「俺みたいなゴミクズが興味持ってるのがおかしいって?」
「言ってない」
「社会のゴミは興味持つことすら許されないって? あ“あ”ん!?」
「だから言ってないって!」

何度でも言うが一松は卑屈が過ぎるきらいがある。出会った当初に比べると随分とマシになったと思うが、それでも闇のオーラを纏ってぶつぶつと呟くことも少なくはない。今回はまだ叫ぶだけの元気があるから、変に落ち込んだりはしないと思うけれど。

「俺はドメスティックパリピなんだよ。家では楽しみたい」
「……」
「何? 気持ち悪い? 俺のこと蔑んでもらってもいいですよ、ヒヒッ」

片方の口角を上げ、こちらへ己の要望を投げかけてくる一松の言葉が耳に入ってこない。前にチョロ松が「あいつさあ、あんなんだけどハロウィンに興味あるらしいんだよね」と笑いながら教えてくれたのを、何故か思い出す。外では怖いから、せめて安心出来る家ならば……。

「……一松にとって私は家族ってこと?」
「はあ? あっ、………………死のう」
「待って、待って!」
「調子に乗りました、すみません。俺はゴミです、放っておいてください」

もしかしたら私が思っていた以上に、一松は私のことを信頼してくれていたのかもしれない。そうやってしみじみ考える間もなく、自分が発した言葉に含まれる意味を理解し、窓の方へ素早く移動する一松を慌てて止めに走る。私に片腕を捕らえられた一松は、可哀想な程震えている。そんな彼の様子に、私は息を吸いとある言葉を放つ。

「トリックオアトリート」
「え、このタイミングで?」
「一松お菓子持ってないでしょ。だから私がいたずらするまで逃げちゃダメだよ」
「ナマエ……お前何なの一体!? 神か? 女神なのか?! 俺のこと幸せにして、幸せ借金で破産させるつもりか!?」

空気を読めていないのは理解しているけど、折角勇気を出して(多分だけど)私とハロウィンを楽しもうとしてくれた一松が自分を責めるなんて嫌だ。だから私はわざと我儘に似た言葉を吐く。
先程とは違った意味で震えている一松に、もう大丈夫だろうと掴んでいた腕を放す。そのまま叫び出した一松を横目に、私はゆっくりとベッドに腰掛けた。

「私は、一松の彼女だよ」
「……うん」
「一松のこと、好きだから……一人で悩んで暴走しないでね」

ほらこっちへおいでと、ベッドに腰掛けた私は一松へと手招きをする。そんな私の姿を見た一松は視線を落とし、そおっと歩いて隣に腰掛けた。隣に座った一松はしばらく小さくなって身体を揺らしていた。そして決心したかのように、自身の膝の上に置かれていた手をぎゅっと握り口を開く。

「俺も、ナマエのこと、好き……」
「ありがとう。……疲れた?」
「う、ん……」

小さな声だけれど私から目を逸らさずに、自分の想いを伝える一松の頭を軽く撫でる。私が撫でていると落ち着いてきたのか、一松の目がとろんとしてきた。慣れないハロウィンに疲れたのかもしれない。

「ね、一緒に寝ようよ」
「いい、の?」
「うん。おやすみ、一松」

私からのいたずらは一緒に寝ることにしよう。半分ほど目を閉じてしまった一松を布団の中へと招き入れる。折角の衣装に皺が付いてしまうけど、そんなことよりこちらの方が大切だもの。きっと目が覚めたら一松は面白いほど飛び上がって距離を取るんだろうなあ、と笑いながら目を閉じた。

***

「お前、バッカじゃねえの!? 俺こんなのでも男だからな!」
「でも、私の彼氏じゃん?」
「〜〜〜〜っ!! 何、ホント!? クッソ好き! ナマエのことぜってえ手放してやらないから、お前覚悟しとけよ!」

まさかのそのまま朝まで眠ってしまった私は、一松の叫び声で目が覚めた。思っていた通りの反応、だけじゃなくある種プロポーズをされてしまった私は、どうしようもなく緩んでしまう頬をそのままに一松に抱き着く。ああ、なんて幸せ! 今日はサイコー!