とろけちゃうね

「ルキノさん! はい、どうぞ」

そう言って差し出したチョコレート(といっても箱だが)を見て、ルキノさんは本を読んでいた手を止めてこちらを見る。珍しく驚いた表情を浮かべる彼に少し笑ってしまったが、そろそろ腕が痛くなってきた。早く受け取ってくれないだろうか。

「これは何かね?」
「何ってチョコレートに決まってるじゃないですか」

殆ど押し付けるように渡したそれを受け取ってはくれたが……ルキノさんは怪訝そうな顔をしてじっと見つめている。2月14日に渡すものなんてチョコレートに決まっているじゃない。そう伝えたけれど、それでもルキノさんはピンときていないようだった。荘園でもそんなイベントが数日前からあったのに、どれだけ興味がないんだ。

「……本当に分からないの? 今日は女が男へ愛を伝える日ですよ」
「ああ、成る程な」
「〜〜ッ! もう、何ですかその反応は!」

知らないのであれば仕方ないと、恥を忍んでチョコレートの意味を伝えたのに。ルキノさんの反応は淡々としたものだった。あまりの反応の悪さに思わず語気が荒くなってしまう。そんな八つ当たりのような理不尽な怒りに、ルキノさんは気にした様子はなかった。私だけが必死になっている事実を突きつけられたようだ。渡す時から恥ずかしいことは分かっていた筈なのに、どうにも逃げ出したくなる。
自分の感情が分からなくなってきて、どうしようかとルキノさんを見つめた。目が合った彼はフッと笑うと一度頭を撫でる。

「ああ、そう怒らないでくれ。これは本当に私宛でいいんだな?」
「そう、です」
「そうか……それなら良かった」

そう言うと彼は箱に手をかけて蓋を開ける。突然、それも目の前で開けるとは思っておらず、急な展開についていけない。大丈夫、変なものは贈っていない。

「あの、どうですか?」
「ああ、嬉しいよ……少し席を外す」

恐る恐る問いかけた言葉に頷くと、ルキノさんは箱をテーブルに置いた。そして一言告げると、部屋を出ていってしまった。
あれ……? これはルキノさんに呆れられた? 置かれたチョコレートは自分で処分しておけということだろうか。そんな酷い事はないと思いたいけれど、興味がないものには彼は相当ドライだ。もし戻ってきた時に困り顔でチョコレートを突き返されてしまったらどうしよう。
悪い方向へと進み出した思考を止める術を私は知らない。ダメだ、怖い。彼が戻る前に自室へ帰ろう。だけど、チョコレートは……置いたまま。それを持って帰ることだけはしたくなかった。暗い思考のままドアノブに手をかけた時、扉がゆっくりと引かれた。
まさかそこにいるとは思っていなかったのか、ルキノさんの目が僅かに丸くなる。また珍しい表情だ、なんて。

「一体どうしたんだ?」
「えっと、急用を思い出して……」

ルキノさんの言葉にありきたりな言い訳を告げる。どうにも彼を見れなくて下を向いていた私に優しげな香りが届いた。何の匂いかと顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、真っ赤な、薔薇——。

「私の国では男から……大切な人に贈るのさ」
「……!」

ああ、なんてズルい男。こんな素敵なものを貰って嬉しくない人がいないはずがない。薄く笑ったルキノさんは、私の手を取り再び部屋の中へと招き入れた。これって、つまり……。
するりと彼の手が離れる。名残惜しい、そんな思いで見つめていると、その手はチョコレートを一つ摘んだ。ハッとしてルキノさんの顔を見上げる。ニヤリと笑った彼の瞳には、チョコレートにも負けない程の甘さと、熱が籠っていた。

「安心したまえ。チョコレートを持って帰れなんて言わない。チョコレートもナマエも美味しくいただいてやるさ」