海辺にて

いつも試合をしているマップは時折試合外でも行ける時がある。どのタイミングで行けるかは不規則で、荘園主の気紛れで解放されているようだ。遊園地なんかは人気で、試合で疲れていても遊びたい、と言う人も多い。もちろんその反対もあり、開放されていても不気味だから近寄りたくないというマップも多い。
私が今いる湖景村なんてその代表だ。海はあるが、まるで引き込まれて戻って来れそうにない雰囲気、そして廃船の存在も相俟ってここを訪れるサバイバーは殆どいない。私も普段はこんなところには来ないが、今日は試合でボロボロに負けてしまい、何となく誰も来ないところに行きたいという気持ちがあった。ぼんやりと海を見つめてどれくらいの時間が経っただろうか。

「そこのサバイバーのお譲さん、こんな一人で出歩いてていいのか?」

誰も来ないだろうと思っていた場所で、何処からかからかうような声が聞こえた。その声に弾かれたように顔を上げ、後ろを振り向くと大きな影が私を見下ろしていた。人ではあり得ぬ程の巨躯、体表には人にはない鱗、そしてユラユラ揺れる尻尾。彼は今日の試合で私たちを圧倒的力で捻じ伏せたハンターだ! 私は慌てて距離を取ろうとしたが……慌て過ぎた。ドサッ———と、自分の足に足を引っ掛けて転倒してしまう始末だ。

「あーー……、大丈夫か?」
「……大丈夫です」

ハンターもそんな私の姿に拍子抜けしたのか、最初のどこか怖がらせてやろうといった雰囲気はなくなっていた。だがそれでも自分より大きな……ましてやハンターなんて怖いに決まっている。さっさと何処かに行ってくれないかなという淡い期待を抱いて、ちらっとそちらを見遣る。しかし一向に去る気配はなく、何か言いたげに視線をこちらに送ってきた。

「あの、何か気になることでも…?」
「ん? ああ…何でこんな所にいるのか気になってな。サバイバーは殆ど此処には近寄らないと聞いたぞ」

多分このハンターは、純粋に疑問に思っただけなのだろう。そいつの声色には嫌味はなく、まるで世間話のような軽い口調だった。しかしここに来た原因の張本人に、「あなたにボロ負けして〜」なんて正直に言えるほど、私は図太くはない。私はその質問から逃れる為に、あまり良くない態度とは分かってはいたが、思わず質問に質問で返した。

「……貴方はどうしてここに来たの?」
「まあ……、いいが。私は荘園に招かれたばかりでね、ちょっとばかし地形も覚えるのも兼ねて散歩していた」

そいつは私の失礼な態度を、一瞬顔を顰めたが、そんなに気にした様子もなく軽く答えてくれた。しかも、散歩なんていう似合わない言葉も添えて! 私は少し可笑しくなって、思わず声を漏らす。そんな私の様子を見た異形のハンターは口角を上げ、再度問いかけてきた。

「それで? 君はどうして此処にいたんだ?」
「うっ……それは、その……」

そう言い淀む私に、何を悩む事があるんだ? とでも言いたげに顎をしゃくってそのハンターは急かした。正しく蛇に睨まれた蛙のように身が竦んだ私を、そいつは鼻で笑うとお見通しだと言わんばかりに、私がここに来た原因を当てたのだった。

「前の試合だろ」
「あ…、はい……」
「あの試合の君は、散々だった…そうだろ? 一撃避けたと思って救助をして、恐怖の一撃だ」
「それは! ……そうだけど…」

全くもって図星で反論すら出来ない。一撃を避けたことでいい気になって、愚直に救助してしまい、その結果が救助狩りだ。目の前で仲間が荘園へ戻されていくのを見ていることしか出来なかった、その時の屈辱……というより自分の不甲斐なさを思い出し、恥ずかしさで思わず言葉が詰まる。そんな私のことなんかお構いなしに、ハンターは弄りがいのある奴だと言わんばかりに揶揄いの言葉を投げ掛けてくる。

「図星だろ。それでまんまと救助狩りされてしまったお嬢さんは、ここでメソメソと泣いてたってことか?」
「泣いてない!! 泣いてない……けど」
「けど?」
「けど、あんたのせいで泣きそうだよ馬鹿――!!」

馬鹿は私だ! ハンターと対峙する恐怖、緊張…そして自分のミスを責められるというこの状況。泣くつもりはなかった私涙腺はいうことを聞かず、堰を切ったかのように止めどなく涙を零し始めた。まるで子供のように泣き出した私を見ると、ハンターは目に見えて狼狽し出した。

「おい、泣くな! まるで私が泣かせたみたいだろうが!」

その様子は壊すつもりがなかった玩具を壊してしまい慌てる少年のようだ。慌てて声を掛けたが、私が泣き止まないのを見ると、ふーっと息を吐き、此方を諭すように話し出した。

「君がしたいことは何だ? 泣いてすっきりする事か? それとも何が悪かったか反省して次に活かす事か?」

驚きで思わず息を呑む。驚きで言葉も出ず、その場でただただ立ち尽くす私に、呆れたように言葉を投げかけた。

「何呆けた顔をしているんだ」

まさか試合で嬉々として私達サバイバーを追い詰めていったハンターから、そのような言葉を投げかけてもらえるとは思ってもみなかったのだ。私はかのハンターの指摘通り、その言葉の真意を飲み込むのに時間がかかり、他の動作が蔑ろになっていた。その指摘に停止していた私の思考は慌てて動き出した。

「ほ、呆けた顔…! いや、その……次に、次は仲間を助けられるようにしたい」
「ああ、それなら次はどうしたらいいか…答えられるか?」
「焦らず、ハンターの動きをよく見る。そして、油断しない」
「そうだな、前の試合は一撃避けただけで気を緩めてただろ? 私だって何も考えずにやってる訳じゃないんだ」

そうだ、駆け引きも必要だ。一直線に救助に向かっていき、今回のように救助されてしまう事は避けなければならなかった。その事実を彼は諭すように、そして次に活かせるように説いてくれた。彼は本来馴れ合う必要のないサバイバーである私に対して、わざわざ教えてくれている……。私はその場の感情を優先し、自分のあまりにも幼稚な行動に嫌気がさした。何か…いや感謝の言葉を返さなければ、そう思った私の口から飛び出してきた言葉は全くもって可愛げのない言葉だ。

「……ごもっとも。それに…ダメな試合をしたのに反省もせずに、相手のハンターに教鞭をとってもらうなんて事にならないようにしないとね」
「はは、元気が出てきたな。ちなみに君のミスもあったが、私の救助狩りが上手かった…そう思ってもらっても構わない」

そんな生意気に返した私の言葉に、彼は楽しそうに笑った。そして自分の試合運びの出来を嬉しそうに伝える彼は、褒めてくれ! とも取れるような口ぶりだ。彼は本当にハンターなのだろうか? いや、試合での姿を思い出すとハンターではあるのだが……

「確かに……強かったよ先生」

そう……彼の姿は、まるで出来の悪い生徒に寄り添って教え、その生徒の成長に喜ぶ先生のようだったのだ。思わず先生と呼んでしまう程に!

「…先生か……いや、私も向上心があるやつは好きだからな。私の事を先生と言うなら頑張りたまえよ」

彼は先生という単語に少し考え込んだ様子だった。その言葉に思入れがあるのだろうか? そして、どうしてサバイバーに……獲物であるはずの私に、彼が試合での心得を説いてくれたのか、それを聞こうと思い口を開きかけた。しかし、その前に彼が口火を切った。

「さて、私はそろそろ行くが気を付けろ」
「……何に?」

私がそう彼に尋ねた、その瞬間——急に影が私を覆った、と思えば額に微かな感触。それは私の思考を奪うには充分だった。

「私みたいな悪いヤツに食われないようにな、Signorina」
「…………えっ?」
「次の試合楽しみにしている、ナマエ」

私が彼のかけた魔法のような口付けから解けた時には、彼は既に歩き出していた。手を挙げてひらひらと振る彼は、何も言わなくて大丈夫だ、とでも言っているようだ。待って、何故名前を? 何より、どうして……キスなんて…聞きたい事は沢山あった。ただぐちゃぐちゃな私の思考は、言葉を紡ぎ出す事を許さなかった。
彼が去って1人になった海辺で考える。次の彼との試合の時に、今日の事を教えてもらわなければ。きっと試合で活躍すれば教えてくれる……今日これだけのやり取りで彼はそういう人なんだろうと思えた。次の試合で活躍出来るように! そう意気込んだ私だったが、彼と対峙するとどうしても集中出来なくなり、教えてもらったのは随分と先になるのは……また別の話だ。