試合が終わりそれなりに疲れた身体を癒すため、俺は足早に自室へと向かった。ドアノブに手を掛け回すと軽く開いた。そしてふと気が付く。鍵を開けるのを忘れていたのに何の抵抗もなく開いたということは……施錠をし忘れていたという事か。
この館には勝手に入るようないたずらな子供はいないので、何も問題ないと思うが……いや思っていた。すでに俺の部屋のソファーで寛いだ様子で座っている影が見える。何をしているあのお嬢さんは。
「おかえり」
「……どうして俺の部屋にいるんだ」
「細かい事は気にしないでよ」
俺の部屋に勝手に入って寛いでいるとは思えない態度で笑うナマエ。時折突拍子もないことをするのを見てきたが、今回の行動はいったい何だろうか。何か俺に伝えたいことがあるはずなんだが…疲れた。
「はあ、俺は疲れている……すまねえが帰ってくれ」
「ちょ、ちょっと! 待って!」
ナマエには悪いが自室に戻ってもらおうと声を掛けると、彼女は目に見えて焦り出した。待ってと言い、立ち上がったまま彼女の動きは止まってしまった。てっきり言葉が続くと思っていたのに、今日の彼女は少し変だ。
俺が彼女の意図を酌まない限りこの状況は動かないだろう。ナマエが伝えたいことはいったい何だ?視線があちらこちらに彷徨う彼女を、失礼だがじっと観察させてもらう。俺の視線を受け、ナマエは恥ずかしそうに少し身を捩った。
「……ああ! 似合ってるぞ」
「本当! 嬉しいな」
いつもと一緒かと思っていたが、じっくり見ると今まで見たことがない装いだった。「新しい衣装をなかなか貰えない!」と、どこにいるかも分からない荘園の主に向かって、度々文句を言っていたのがようやく功を成したみたいだ。しょっちゅう俺に愚痴を言っていたので、わざわざ披露しに来てくれたのか。
「それだけじゃ……ないだろう?」
「まあね。一緒に協力狩り行こうよ」
「まさか今からか?」
ただ衣装のお披露目に来ただけではないことは分かっていたが、まさか協力狩りに誘われるなんて。普段は協力狩りをあまり好まないナマエにしては珍しい事もあるもんだ。折角やる気になっているのだから行ってやりたいのは山々だが……。
「駄目? やっぱり疲れてる?」
「そうだな、疲れている」
どうにも今日は一緒に行ってやれるだけの気力が残っていなかった。ただでさえ協力狩りは疲れる。すでに疲労している俺が行っても足を引っ張るだけだ。
俺の様子をそっと窺う様に覗き込んでいたナマエだったが、俺の反応にがっかりと言わんばかりに目を伏せた。そんな彼女に少し胸が痛くなる。しかし、そんな状況で行っても酷い試合になるのは目に見えているからな。また、別の日に……そう伝えようとした時、ナマエが口を開いた。
「う〜ん……それなら普通に一人で」
「……やっぱり行く」
「急にどうしたの? チェーン回し足りなかった?」
「そんなんじゃねえ」
一人で行くと聞いた瞬間、思わず声が漏れた。急に心変わりをした俺に、ナマエは驚いたように目をぱちくりとさせる。
協力狩りでなければ、俺たちハンターは一人で試合に挑んでいる。これまでだって幾度も、これからだって勿論そうだ。分かっているが……今日はナマエに一人では行ってほしくなかった。何故なのか、彼女を見ながら俺は自分の思いを考える。
「それならどうして?」
「それ、俺のために着てくれたんだろ。似合っているし、万が一の事があったら困る」
「万が一って……私はハンターだよ」
「ハンターでも、だ。ナマエは自分が思っている以上に魅力的だ」
するりと言葉が零れた。俺は目の前の彼女を独り占めしたかったみたいだ。可愛らしい衣装を身に纏った、いつもに増して愛らしいナマエ。俺ですらそう思っているのだから、“万が一”が起こる可能性だってゼロではない。つまり、そんな事を考えていた俺の口から思わず言葉が漏れたという事だ。
「びっくりした!」
「俺も驚いた。まさか俺がこれほどまでナマエの事を……」
「……ふふ」
一瞬、俺たちの間に沈黙が流れる。ただ、今まで経験したどの沈黙とも違った……どこか心地よい、そう思えるような空気。ナマエも俺と同じ思いだったのか、それは俺には分からない。だけど驚いたと口にした彼女は穏やかな色になっていたから、きっと。
俺だって驚いた。この姿になってから、いやあの日から久しく誰かを想った事などなかった。今の今まで自覚すらしていなかったのにおかしな事もあるもんだ。
しばらく俺たちは見つめ合っていたが、ハッと気付く。早く行かないと協力狩りに参加出来なくなっちまう。少しの名残惜しさを胸にしまい、俺はゆっくりと声を出した。
「それじゃあ行こうか」
「ベイン疲れてると思うし…やっぱりやめとこうよ」
「いいのか? 衣装のお披露目に行きたいんだろ」
「ん〜大丈夫! 私が見せたいのってベインだったから」
そう俺に伝えたナマエは優しげな微笑みを浮かべていた。そんな彼女を見た俺はすっかりと行く気をなくしていて、この可愛らしい一輪の花をどう愛でようかなんて考えたのだ。