俺はしがない行商人である。珍しいモノがあれば買い入れ、それをより大きな価値をつける客の元へ”少し”上乗せして渡してやる。
今日も今日とて金持ち共にお望みのモノを届けてやるために、俺は胡散臭い笑顔を貼り付け屋敷を訪れた。俺を迎え入れたのは使用人の男。挨拶もそこそこに主人が待つ部屋へと案内してもらう。職業柄か、案内されている最中もバレない程度に屋敷の価値を見る。飾られている調度品からも分かるように相当金を持っているようだ。
今回はいい取引が出来そうだ、なんて考えていると、外から鍵が掛けられた部屋を見つけた。ドアの様子からも物置には見えず、思わず疑問が口から漏れる。
「この部屋は?」
「お前には関係はない。興味を持つ必要もない」
使用人は不快だという表情を隠しもせず、此方を一瞥すると詮索するなという圧が籠った言葉を返した。おー、怖い怖い。確かに俺はこの屋敷の人間からしたらロクでもない金の亡者に見えるだろう。
だか……ダメじゃないか、此処には秘密がありますと俺の前で主張するなんて! 金持ちの秘密なんてモノ、大金を出しても手に入れたい奴が沢山いるだろ?思わず緩みそうになる口元をそっと隠した。
「誰かいますかあ?」
響かないように控えめにノックをする。俺の見立てでは此処には大切なモノが置かれている。それが何であれ素晴らしい価値のモノに違いないのだ。声を掛けてみたものの返事なんてないだろう、そう思っていたが……予想が外れた。
「……だあれ?」
「おや、……ワタクシはこの屋敷の主人に招かれた行商人です」
部屋の中から聞こえてきたのは、小さくも鈴を転がすような澄んだ声。成る程、ここに大切に仕舞われていたのはヤツの娘だったのか。きっと彼女の情報はいい商品になる。出来るだけ彼女から情報を聞き出すために、極力丁寧に声に優しさを含ませて話す。
「まあ父のお客様なのね! お顔を拝見したいけれど……ここを開けてはいけないと言われているから」
「窓の近くに木はありますか?」
「ええ」
随分と不用心な娘だ。外の世界から完全に遮断されていたのだろうか。見知らぬ男の声に怯えもせず、ましてや興味を持つなんて。
しかしそれは俺にとっては好都合だ。世間知らずの娘からは面白い情報がいただけるかもしれない。さて箱入り娘はどんな顔をしているのか……俺は軽々と木を登り、彼女の部屋の窓へと手をかけた。
「どうも、地を這う行商人モグラさんです」
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「貴方は自由でいいわね」
あの出会いから何度もの逢瀬を繰り返していた。初めて彼女の様子を見た時、此処に閉じ込められている理由をすぐに理解した。彼女は身体が弱い。いや、外に出る事が出来たならば……きっと陽だまりが彼女を色づかせたはずだ。それでも彼女は自分の境遇に嘆く様子はなかった。俺のする話をまるで御伽話を聴くかの如く、目を輝かせコロコロと表情を変える彼女。
いつしかそんな彼女を眩しく思うと同時に欲しくなった。俺にはないモノを持っている彼女自身が欲しかった。そんな彼女が、弱音を吐いている。俺にはこのチャンスを逃すなんて考えは頭になかった。俺の口は用意していたかのようにするりと言葉を紡ぎ出す。
「ワタシと取引しましょ? 貴女をここから連れ出してあげますよお」
「……お代はいくらになるんでしょうか」
驚いた表情をした彼女は俺からの提案を咀嚼しているようだった。一度伏せ再び開かれた彼女の瞳には強い意志が宿っていた。
嗚呼、なんて素晴らしい! どれだけの代金を支払わなければ分からない状況下でも、彼女は迷う事なく選んだのだ。真剣な眼差しで俺の返答を待つ彼女へと、俺は勿体ぶって自由への価値を伝える。
「お代は、貴女。ナマエの人生を」
彼女を連れて屋敷から急いで離れる。早く知り合いの医者へと見せなくては。ナマエはもう俺のものだ、元気になって俺の隣で笑ってもらわなければならない。
私なんかがお代になるのかしら、なんてクスクス笑うナマエを見る。貴女がそう思っていても俺にとって一番欲しかったもの。後から返せと言われたって返さない。だって俺は強欲な行商人なんだから。