つくる幸せ

「よーし! 上手く出来た!!」

まさか荘園でクッキーを焼く事が出来るだなんて思ってもみなかった。荘園の主に手紙を出してみるものだ。今まで届いた事なんてないと思っていたけれど、キッチンに十分過ぎる程の材料を置いてもらっていた時には本当に驚いた。張り切って作り過ぎてしまった感は否めない。
誰に配ろうかなと思考していると、急に後ろに気配を感じる。さっきまで誰もいなかったはずなのに……!誰だろうと私は振り向きつつ、後ろの人物に声を掛けた。

「わっ! 誰?」
「……俺だ」
「あ、サベダー…さん…」

振り向いた先には、少し気まずそうな表情をしたサベダーさんが立っていた。前に試合で一緒になった時に、ミスをして随分と怒られてから……少しばかり彼の事が苦手である。私が悪いので怒られて当然だったけれど、あまりの気迫に少し泣いてしまい彼を困らせてしまった。挙動不審になる私を他所に、サベダーさんはテーブルの上のクッキーを見ていた。

「これ、お前が焼いたのか?」
「え、…は、い」
「ふーん」

どうしよう、サベダーさんは出て行く気配はない。もしかしてキッチンを使うために来たのに、私がクッキーを焼いていて邪魔だと思っていたのかもしれない。今だって彼はクッキーにチラチラと視線を寄越している。さっさと片付けて出て行こうかな……。

「なあ」
「ひゃい!」
「……ひゃい? くっ…はは、お前慌て過ぎだ」
「き、急にサベダーさんが声掛けるから!!」

出て行こうかと悩んでいる最中に、急に声を掛けられて驚いてしまう。変な声で驚いた私にサベダーさんは面食らった顔をして、そして笑った。彼の予想外の反応に、一瞬彼に対する恐怖を忘れ反論してしまう。これでまた気を悪くしないだろうか。そおっと彼を盗み見ると、手を首の後ろに回し何か言いたげな表情を浮かべている。

「あー、とりあえずサベダーさんって言われんの慣れてなくて気持ち悪いから、ナワーブでいいぜ」
「えっ、あ…ありがとう…?」
「何で疑問形なんだよ」

何を言われてしまうのかと身構えていた私は、彼からの提案に気が抜けてしまう。強張っていた身体からも力が抜け肩が下がった。名前の呼び方を訂正するやり取りが、まるで彼と友人のように錯覚してしまう。サベダー……いや、ナワーブさんはそのために此処に来たのかな。
混乱からお礼を口にした私を見て、ナワーブさんは文句を言いつつ口は弧を描いていた。本当に友人みたい。再びそう思った時、彼はハッとした表情を浮かべ慌てて口を開く。

「って違う! 前は怒鳴って悪かった。そりゃハンター相手だ、怖いもんは怖いよな」
「それは私のミスで! ……ごめんなさい」
「確かにそうだけど、俺ももっと考えればよかったって反省してんだよ」

まさかのまさか。私が悩んでいた先の試合での失態、彼は悪くないのにミスを叱った事に対して謝罪を伝える。謝られた事に対して申し訳なく、再び謝罪を口にした私に、ナワーブさんは軽い調子で静止をかける。なっ?と問い掛けるように片目を細め、此方を見るナワーブさんにそれでも罪悪感が募る。

「でも」
「でもって言うの禁止な」
「……ありがとう、ナワーブさん」
「おう」

ナワーブさんの顔に笑顔が薄らと広がった。これ以上彼の気遣いを突っ撥ねて、意地を張り続けるわけにもいかない。ナワーブさんって、私が思っていた以上に優しい人なのかもしれない。他人の事がどうでも良ければ、わざわざ泣くような面倒臭い人を相手にしないだろう。

「それで、ナワーブさんはそれを伝えに此処に?」
「……いや、その」

私の中でナワーブさんは、此処へ私を慰めに来てくれた事になっていた。だからもうキッチンから出て行ってしまうと思ったのだ。それなのにそこから動かず、またテーブルの方へと視線が行っている。まさかとは思うけれど……。私の問い掛けに歯切れの悪さを見せる彼に、私の中に一つ考えが浮かんでくる。

「もしかしてクッキー…」
「ち、違う! 別に甘い香りがしたからキッチンへ来たわけじゃない!!」

私が言い切る前に、ナワーブさんは大きな声で否定する。正直、試合の時に怒られた時より声量がある気がする。そんなに大きな声を出したら、外に聞こえちゃうんじゃないだろうか。それにこれじゃあクッキーに釣られて来ましたと言っているのと同じだ。
ナワーブさんのとても可愛らしい一面に、思わず頬が緩みそうになるのを必死で堪える。こんな勢いで否定しているのだから、彼は此処にクッキーなんて知らずに来た……そう思わないといけないのだ。

「あの、作り過ぎちゃったから…良かったら食べてほしいな」
「……! 頼まれたら仕方ない。頼まれたからだから、な!」

だから私は彼にお願いする。作り過ぎてしまったのは嘘ではないから。そう言いつつもナワーブさんが素直に受け取ってくれるのか心配だった。けれどすぐに杞憂だと分かる。
ナワーブさんはそわそわして、まるで子供のように目に輝きが宿っているように見えた。頼まれたからと言い訳を口に出しつつも、彼の目はクッキーに釘付けだ。ここまで嬉しそうにしてもらえると、私も作った甲斐があるというものだ。

「うん! 私を助けるつもりで食べてね、ナワーブさん!」

ナワーブさんはわざとらしく仕方ないと呟いてから、クッキーへ手を伸ばす。彼が口に運ぶ様子を見ながら、私もクッキーを手に取って口に入れる。良かった!久しぶりだったけれど、良い感じに焼けている。
 しばらく無言で食べていたナワーブさんの手が止まる。手に持ったままのクッキーと私を交互に見て、一瞬だけ視線を泳がせて此方に視線を遣る。

「クッキー、美味かった。ナマエがいいのなら…また俺に作ってくれ」

勿論だよ! 私はそう答えながら考える。ナワーブさんはクッキー以外も好きなのかな。人に美味しいって食べてもらえるのが、それ以上にナワーブさんの新たな一面を知れた事が嬉しかった。もっともっとナワーブさんの事知りたいなあ。彼はどんな風に食べてくれるのだろうか。
今から彼に作ってあげるのが、楽しみで仕方がないや。またクッキーを美味しそうに食べ始めたナワーブさんを見て、私は胸が暖まっていくのを感じた。