My HERO!

気がついたら目で追ってしまっている。眼鏡をかけた何処にでもいそうな青年。この荘園の他のサバイバーとは違って目立った特徴もない。それでもいつも周りを気にかけていて、とても優しい人。僕にはこれといった特技はないけれど、少しだけ運が良いから。そう笑っていた彼を、私はこっそりとラックくんと呼んでいた。
ラックくんはあまり自分の事を語らない。だから私が彼について知っている事なんて殆どない。でも優しく照れたように、眉を下げ笑う顔が好きだった。少しだけ私に向けてだけの笑顔をくれないかな、なんて欲張りな事を考えた事もある。でも、ラックくんは皆の中で笑っている方が輝いている……そう思ってこっそりと胸の内に仕舞い込んだ。

*

飲み物でも取ってこようと食堂の方へと歩いていく。通り道にある談話室に近づくと何やら賑やかな声、それに犬の鳴き声。ビクターくんが連れているわんちゃんだろうか? 折角だし触らせてもらいたい。ビクターくんはきっと快く触らせてくれるだろう。私はそんな事を考えながらドアを開けた、その瞬間。

「こ、こっちに来ないでー!!」
「え、」

開けたドアから勢いよくラックくんが飛び出してきた。そして、その勢いのまま私へと突っ込んでくる。急に出てきた、それも自分より大きな人を支えられる筈もなく、私は敢えなく彼の下敷きになってしまった。思っていたより重くてびっくりだ。というより、早くどいてほしい。

「あいたたた……あれ?」

ラックくんも思いっきり倒れてしまったのが痛かったみたいだ。まだ私を下にしているのに気が付いていないのか、退こうとしてくれない。これは私が声をかけた方がいいのかな。悩んでいるとようやく違和感に気付いたラックくんが、下(つまり私)をゆっくりと触り出した。触り心地が床ではないと気付いたようで、不思議そうな顔をしている。本当に私って気付いてないの……?

「……あの、手が…!」
「うわああ! ごめん、ナマエさん!!」

いい加減気付くかと思って大人しくしていたけれど、ラックくんの手が胸を……! 慌てて声を掛けた私に、ラックくんは私以上に驚いたようだ。彼は飛び起きると、それまたすごい勢いで頭を下げた。その声に談話室の中にいた人たちが様子を見に集まってくる。私がラックくんを叱り付けているような図に、悪くない筈なのに周りから責められているように感じる。理由を聞かれても答えられないし、私はラックくんに頭を上げるように伝えた。

「わざとじゃないし……でも気をつけてねっ!」

どうした? とラックくんに群がる彼等を横目に私は走り去った。恥ずかしい……! 試合の時とは違った心臓の高鳴りを抑えるために、私は本来の目的の食堂へ急ぐ。
落ち着かせようと水を飲み、私は先程の彼を思い出す。あんな近くでラックくんを見たのは初めてだった。恥ずかしかったけれど、やっぱりかっこよかったなあ。結局またドキドキして、私は暫くその場から動けなくなってしまった。

****

ひりつくような喉の痛みを無視して走る。逃げなくては! もう二人荘園に戻されてしまった。私が逃げ切れば何とか引き分けに持っていけるのだ。暗号機の解読は終わっている。後は逃げるだけなのに……!
後ろからご機嫌な唄声、そしてシャリシャリと刃物の擦れる音が聞こえる。距離を離したと思っていた私を嘲笑うかのように、そいつはゆっくりと距離を詰めてきた。

「随分とお疲れの様ですねえ」
「うるさい! うるさい!」
「私も貴女を逃すと分けになってしまいますし……」

リッパーは悩むような素振りを見せる。だけど騙されてはいけない。彼は遊びたいだけなのだ。私が立ち止まったら最後、きっとリッパーの気が済むまで玩具にされてしまう。リッパーも私が止まる事がないのに気付いている。だから、楽しそうに笑いながらも逃がさない距離を保ってくるのだ。ゲートまで、後少し……!

「こっちだ! ナマエさん!!」
「ラックくん!」

開放されたゲートでラックくんが待っていた。折れそうになっていた心が持ち直す。重たくなっていた足だって力が入る。待ってくれていた彼のため、荘園に戻された二人のためにも私は絶対にゲートを潜るのだ。前をしっかりと見据えると、ラックくんは私を見て頷く。

「勇ましく出てきましたが……何が出来るんですか?」

ゲートから出てきたラックくんに気付き、リッパーは鼻で笑う。獲物が増えただけ、どちらを狩るのでも愉しそうだと。リッパーの左腕が大きく振り被られる。でも、私は信じて走るだけだ!
バン!! 大きく身体の芯まで震えるような銃声が聞こえた。
 
「ぐ、……!! 貴様ッ!!!」
「僕の幸運を舐めないでほしいね!!」

私の背中を守るように身体を滑り込ませたラックくんが手にしていたのは、重く輝く信号銃。刃が触れる直前、引き金を引いた彼は大きく叫ぶ。僕はラッキーボーイだぞ!!
リッパーの口から怒声が飛び出してきたけれどもう怖くない。だってもうゲートは目の前、お前なんかに捕まらない!役割を果たした銃を捨て去り、ラックくんは私の手を引く。私達はそのまま光へ飛び込んだ。

*
「ありがとう!! 本当にかっこよかった!!」
「君を助けられてよかった!」

目を開けると館へ戻っていた。どういった原理か分からないけれど、今はそんな事どうだっていい! 隣にいたラックくんに感謝を伝える。彼がいなかったら、きっとまだ戻って来れなかった。今もリッパーに遊ばれていただろう。本当にラックくんのおかげだよ。
私の感謝の言葉にラックくんは笑った。私が好きな太陽みたいな笑顔。胸がぽかぽかすると同時にきゅうと痛くなる。本当にラックくんが好きだ。

「もう駄目かと思っていたのに……私のヒーローだよ!」

気持ちが抑えきれなくて、ラックくんへと抱き着いた。勢いよく抱き着いたのに、ラックくんは転ける事なく私を受け止めてくれる。ありがとう、大好き! そんな気持ちで胸がいっぱいだ。

「あれ? どうかしたの……?」
「…………ねが」
「?」

ふとラックくんが微動だにしない事に気が付く。何も言わなくなってしまった彼に、急に抱き着くのはやり過ぎた……と思いつつも離れる事はしない。だって、こんなチャンスもうないかもしれないもの。でも一言も喋らないラックくんが心配で、恐る恐る声を掛けた。
ラックくんは私の声に一度身体をビクッとさせ、その後小刻みに震え出した。大丈夫かなと思う私の耳に、彼の小さな声が聞こえてきた。でもあまりに小さ過ぎて聴き取れない。そう思った瞬間、ラックくんは勢いよく顔を上げる。

「胸が当たってるんだ、ナマエさん!」
「わあ! ごめん……ってラックくーん!!」

顔を真っ赤にして叫んだラックくんは、へなへなと倒れ込んでしまった。慌てて支えようとしたけれど、支えられずに私も一緒に倒れる。ラックくんを見るとそのまま気絶してしまったみたいだ。
試合で疲れていたのに申し訳ない事をしてしまったと思うと同時に、彼の慌てる可愛い姿が見れて嬉しいだなんて。私は相当彼にやられているようだ。一回だけぎゅっと抱き締めて、私は人を呼んでこようと立ち上がった。

ラックくん、ありがとうマイヒーロー。目が覚めたら彼に私の想いを伝えよう。背負われて部屋へと運ばれていくラックくんを見ながら、私はそう決心した。