再会は突然に

この荘園にまた新しいサバイバーが来たらしい、今朝からその話で持ちきりだった。ある者は新しい玩具が来たと喜び、ある者はそのサバイバーの運命を哀れんだ。
何をそこまでそのサバイバーに興味を向けるのか、相手がどんなサバイバーであれハンターである私がやるべき事は一つだ。奴等を追い、切り伏せ、そして荘園に送り返す。話に花を咲かす彼等を横目に、荘園の主に与えられた自室へ戻ろうと立ち上がった。
さて、食堂から廊下へ続くドアへと手をかけたその時、嫌に楽しそうな声が私を引き留める。心の中で大きく溜息を吐き、なるべく表情が表に出ないようにしてから後ろを向く。そこには思った通り、何が楽しいのかにっこりと笑みを浮かべる霧の紳士が立っていた。

「おやおや、教授。皆さんとお話はいいんですか?」
「その呼び方はやめろと言ったはずだが?」
「そうでしたか? それはそれは……すみませんね」

全く癇に障る男だ。態と私が嫌がる言葉を選んで投げかけてきているに違いない。それで紳士を名乗っているとは……実に皮肉なものだ。苛立ちから、ついコツコツと床を叩いていたらしい。それを見たリッパーは愉快そうに喉を鳴らし、本題をと話し出した。

「先日の試合で噂のサバイバーと会いましてね、実に可愛らしいお嬢さんだったんです。すばしっこくて捕まえるのが大変でしたが……脚を切った時の悲鳴なんて甘美とも言える響きでしたよ」
「……悪趣味だな」

私の悪態もまるで褒め言葉だと言わんばかりに、そいつはぴゅうと口笛を吹いた。捕まえるのが大変だったなんて嘘に決まっている。恐怖を植え付け、甚振る為ゆっくりと追い詰めたのだろう。全く非効率も甚だしい。会ったことのないサバイバーに、少しだけ憐憫の念を抱いた。だが私には関係のない事だ。サバイバーは狩る対象でしかない。

「この話も気に入りませんでしたか? あのお嬢さんね、ここに誰かを探しにきていたようですよ」
「何故私に話す? 関係のない事だろう」
「そうですか。では、さよなら教授」
「…………ふん」

いちいち訂正していれば日が沈んでしまう。今日は午後から一試合入っているのだ。足早に自室に戻った私は、あの嫌らしい紳士の意味深な言葉を頭から追いやり、思考を試合へと切り替えた。如何に早く試合を終える事が出来るのか、その為に頭の中でシミュレーションを行う。嗚呼、面倒だ。さっさとサバイバー共を荘園へ送り返し、部屋で休みたい。

*

さて、残すは一人。捕まえたサバイバーを椅子に括り付けながら考える。もう一人は誰だ? 今回の試合は早い段階で一人を捕まえ、地下に連れて行く事が出来た。誰か助けに来るかと思ったが……サバイバーも薄情なものだ。所謂見捨て判断というやつだろう。ただそれも作戦だろうな、私がサバイバーであったとしてもその判断をしていたはずだ。その次は……ちょうど今括り付けたサバイバーが助けに来た。きっと解読機の前で待機していたもう一人も、こいつがヘマをして救助出来ずにチェアに座らされるとは思ってもみなかっただろう。既に解読機は解かれてしまった。ゲートか、それともハッチ付近で待機しているのか。私は先程までの解読機の揺れを思い出し、脚に力を込め大きく跳躍した。
風を切る音に混ざって、耳鳴りがする。どのような原理かは分からないが、ハンターとしてここへ招かれてからサバイバーを見つけ出すのに実に役立っている。身体を作り替えられてしまったのかと思ったが、今更な事だ。狩りを行うのに有用である、その事実だけで十分だ。現に今だって、ゲートから慌てて移動するサバイバーを見付けられたのだから。逃げるサバイバーへと一気に距離を詰める。まさかすぐに追い付かれるとは思っていなかったのか、後ろを振り返ったそいつは小さな悲鳴を上げた。
そのサバイバーは今まで見た事がなく、こいつが新しいサバイバーかとぼんやりと思った。そいつはあまりにも私に気を取られ過ぎたのか、それとも恐れからか足を取られ、その場にへたり込んだ。リッパーが言っていた言葉を思い出す。成る程、確かに加虐心を煽られる。だが、私はわざわざ甚振るような趣味は持っていない。とっとと荘園へ送り返してやるか、とナイフを構えて直した。
攻撃が当たるその位置まで近づくと、何やらブツブツと呟いていることに気付く。何だ? あまりの恐怖に気が触れてしまったのか。そう考えている一瞬、攻撃の手が止まっていたらしい。顔を上げたそいつの表情に怯えはなく、何故か期待の混じったような表情だ。そいつは胸のあたりで両手をぎゅっと握り締めると、恐る恐るといった風に口を開いた。

「もしかして……教授ですか……?」

……!? 何故このサバイバーは、私の事を教授と呼んだ?その答えを求めて考えを巡らす。分からない。初めて会ったサバイバーが私の事を教授と呼ぶ、そんな不可解な事に理解が追い付かず落ち着かない。駄目だ、私はハンターだ。この程度の事で精神を乱し、サバイバーに逃げられてみろ、それをアイツらに知られたら笑い者だ。
思考を落ち着かせる為に、一度サバイバーの方を見遣る。こいつは何故逃げもせずにここにいるんだ……? あまりに奇妙なサバイバーの行動は、私の頭を冷やすのに十分だった。

「違う……? いや、でもそんなはずは……」

不躾な程観察されているにも関わらず、そいつはまたボソボソと独り言を呟いていた。そいつのその様子に、妙に懐かしさを覚える。この集中すると周りが見えなくなる悪い癖、考えを詰める為に言葉に出し整理する癖……彼女は。私の頭の中に荘園へ来る前の記憶が蘇る。ただひたすらに研究に打ち込んでいた、今では考えられない平穏な時間だ。

「君は、まさかナマエか?」

ある程度確証を持って問い掛けた言葉が、すぐに正しいものだと分かる。そいつ……いや、ナマエは口元に手をやって、溢れる笑みをどうにか隠そうとする。それを見た私は、まるでここが狩りを行う場ではなく、静かに時間が流れていく落ち着ける……研究室に戻ったような錯覚を覚えた。
私は何を考えている? そのような戻れもしない過去を思い出すなんて、私が嫌う無駄な行いではないか。愚かな考えを追い出そうと息を整えてみたが、もう私の頭には彼女を荘園へ送り返すといった考えは消えていた。その代わり、私の疑問に答えてもらおうとナマエに問いただす。

「どうして私の事が分かった? 君が知っている私は、こんなに化け物じみていなかったはずだ」
「教授を探してここへ来たんです。探している人を見つけて、分からないなんて事はないでしょう?」

全く持って答えになっていない、そんな回答だったがストンと私の心へ落ちていく。姿形がこれ程までに変化している、それなのに当たり前だと言わんばかりにナマエは答えた。じっと私の目を見つめるナマエの目に、嘘の色は一つもない。私の胸の中にはある種の満足感のようなものが広がっていく。だが、まだ疑問に思う事はあるのだ。

「私を探しにこんな危険な所へ来るなんて」

ナマエはそんな危険を冒すタイプではなかったはずだ。そう口にしなくても私の言いたい事が伝わったのだろう。ナマエは一度目を伏せ、私の問いに答えるべく言葉を探しているようだった。私はただ、彼女が音を発するのをじいっと待つ。思考が纏まったのだろう、閉じていた目をスッと開くと話し始めた。

「……教授、私、貴方の論文を読んで、実際に貴方に会って、人生の進むべき道が見えたんです。貴方がいなければ、私は何も考えず、ただ平凡な日常を過ごしていたでしょうね」

まるで一つ一つ噛みしめるように、彼女は言葉を紡いでいく。穏やかに、優しい口調で語るナマエを見る私は、心の中で過去の出来事を思い出す。確か君は前にも……私にそう言ってきたことがあったな。その時、私は何と答えた? 記憶を辿ってみたが、霞がかかっているようで思い出せない。思い出せない事は考えても無駄だ。私はそう思う事にし、ゆっくり言葉を吐いた。

「私は……何もしていない」
「そう思っていて大丈夫ですよ、でも私がここへ教授を探しに来たのは、私にとって貴方と研究していたあの時間が……何よりも大切だったということです」
「……そうか」

ナマエの話との過去の時間を大切そうに話す様子に、むず痒さを感じる。これが逃げる為の虚言であったならどれだけ良かった事か。嘘と分かった瞬間、いつもの様にナイフで切り下ろす……そのつもりだったのだ。それがどうだ?今の姿を他のハンターに見られたら、きっと大抵の者がハンター失格だと馬鹿にしせせら笑うだろう。私のそんな葛藤も露知らず、彼女はまた微かな笑みを持って私に語りかける。

「教授、貴方は変わりましたね」
「そうだな、随分と人から恐れられる見た目へと変化した」

どうしてか、そのナマエの言葉に胸が締め付けられる。私はこの姿に誇りを持っている。それは愛する爬虫類の姿であり、サバイバーに畏怖の念を抱かさせるハンターの象徴のような姿だからだ。ただの昔馴染みであるナマエに、恐れられたくないのか? 馬鹿げている……実に馬鹿げているが、確かに私は彼女に嫌われたくない、そう思ってしまったのだ。
ほんの僅かだが体が硬直する。普通であれば気付かないような些細な変化だ。だが私を見ていたナマエの表情が曇っていき、そして慌てた様子で手をこちらに伸ばす。その自分の行動に気付くと、目を丸くしサッと手を下ろした。あまりの慌てように、私の強張りも溶けていく。思わず小さな笑いが溢れ、それを拾った彼女は途切れ途切れの言葉を絞り出す。

「違いますよ、外見ではなくて……雰囲気が、です」
「雰囲気……?」
「ええ、どこか楽しそうに感じるんです」
「そう、だな。君は、いや……なんでもない」

このままナマエと話していては、きっと私は 駄目になる。彼女が今の私を認めてくれた……勘違いであってもそう思えた瞬間、胸の中に感じた事のない暖かなものが広がったのだ。このまま懐かしい記憶に浸っておけるなら、彼女を帰さず引き留めておきたい。そんな滑稽極まりない考えを頭から追い払う様に、深く息を吐き出した。そして、一瞬視界に入ったチェアに何をすべきかを思い出す。

「……さて、後は君だけだがどうする?」

私には彼女を容赦無く括り付ける、そんなハンターとして当たり前の行為が出来なかった。代わりに彼女に問い掛ける。ただ一言、帰りたいと言えばいい。そうすれば紳士のように手を引いて、ハッチまで送り届けてやろう。こんな神の意思に背いたような化け物じみた私が、まるで天に祈るように願うなんて。馬鹿馬鹿しさもここまで来ればいっそ清々しい。ナマエも私の言いたい事は分かるはずだ。

「チェアに座らせてください」

何故? ナマエが私に望んだ言葉は、私が今一番聞きたくない言葉だった。

「……脱出したくはないのか?」
「教授と再び会えて、言葉を交わすことが出来た。今日は……それだけで満足です」
「君が、そう言うのなら」

分からない、どうして嬉しそうに笑うんだ。宙を駆ける私だからこそ分かるのだ。自分の意思で空を飛べぬ者の恐怖を。それを彼女は受け入れるというのか。
何かを伝えようと口を開くが、私の口からは音が出てこなかった。静やかに私を見ていたナマエは、安心してくださいというように晴れやかな笑みを浮かべる。そんな彼女の様子を見た瞬間、突然体が軽くなる。私がハンターであるように、ナマエもサバイバーだ。彼女はハンターの私に敬意を示してくれている。それに応えなければならないだろう。可笑しな話だが、私達にそれを伝える者はここにはいないのだ。

「……今回は私達の負けですが、次は勝ちます!ありがとう、ルキノ教授」
「! ……楽しみにしているぞ、ナマエ」

実に無駄な時間を過ごしてしまった、いつもの私ならそう行っていただろう。だが……なんだろうか。この充足感は。私はハンターだ。サバイバーは狩る対象、それだけであったはずだった。ただ、ただ少し追想にふけるのもいいではないか。屋敷に戻ったら、あの紳士面したハンターが遅かったと揶揄いに来るだろう。いつもなら鬱陶しいアイツもきっと気にならない。そう思える程、私の心は満たされている。
嗚呼、楽しみだ。直ぐに来るであろう再会に、私は思いを馳せる。次は完璧な私を見せてやる、だから君も全力で私から逃げてくれ。私を楽しませてくれたまえ、ナマエ!