花に隠されないように

ある日の昼下がり、珍しくサバイバーの居館に訪ねて来たルキノさんに連れられ、荘園の鬱蒼とした森の中を歩いていた。ただでさえ珍しいハンターの来訪、それもサバイバーに興味がなさそうな魔トカゲともあると皆んなの動揺も随分大きなものだった。いや、あれは動揺というより好奇心による騒めきだったかもしれない。きっと帰ったら質問責めに合うのだろう。後の事を考えると少しだけ憂鬱になってしまうが、それでもルキノさんと一緒に過ごせると考えるとそんな憂鬱は吹き飛んでしまった。
さて、肝心のルキノさんといえば……見せたいものがあると言い、私を連れ外へ出たきり殆ど喋らない。道を先導し、時折こちらに労わりの声を掛け足を止める。そんな気遣いに彼の優しさを感じる。しかし、そろそろ何処へ向かっているのか教えてくれてもいいと思う。私がそう伝えようと思ったその時、ルキノさんは歩みを止めた。

「此処だ」

ルキノさんが指す先を見ると、そこには美しい光景が広がっていた。柔らかな日射しを受け、微かに光を称える花々。緩やかな風が吹き渡り、それに合わせて青々とした草が揺れている。先程までの暗い場所とは打って変わって、まるでそこだけ本の中の世界のようだった。
驚きで固まってしまった私を、ルキノさんは軽く笑うと手を差し出す。彼の手を取り、恐る恐る花々の中へと入っていく。

「こんな綺麗なところ、荘園の近くにあったんだ……どこで知ったんですか?」
「ご褒美だ」
「ご褒美?」
「私は服や宝石には興味がないのでね」

私は白く小さな花を見つめながら、ルキノさんに尋ねると思いもよらない答えが返ってくる。ご褒美、彼が言うのは時折荘園の主人(私は主人からだと思っている)から贈られるモノである。大体が新しい服や嗜好品などを受け取るが、ルキノさんはそれの代わりにこの場所を教えてもらったのだと言う。何だか意外だと少しばかり失礼な事を考えながら、感謝を告げた。
さわさわと心地の良い風を頬に感じながら、私はゆっくりと目を閉じた。少しの間、視覚以外で自然を楽しんでいた私は、隣のルキノさんが動く気配を感じて目を開く。視線を少しだけ左に向けると、地面に腰を下ろしたルキノさんが軽く欠伸しているのが見えた。彼の珍しい姿に自然と口元が緩む。そんな私の視線に気がついたのか、ルキノさんは咳払いを一つし、自分の隣を叩いた。

「隣、失礼します」
「ああ」

彼に誘われた通り、私は隣に腰を下ろした。ただ会話もなく、二人でぼんやりと花々を見つめる。こんなに穏やかな時間は一体いつぶりだろう。居館での生活に不自由はないけれど、いつ試合に呼ばれるか分からない。そんな状況で張り詰めていた気が溶かされるようだ。

「ここで跳んだら、きっと気持ちがいいですよ」
「跳んでもいいが…折角の花が散ってしまう」
「ルキノさんって花のこと気にするんですね」
「それはどういう意味だ?」

軽口を交わしながら、ルキノさんと顔を合わせて笑い合う。ルキノさんはそうは言ったけれど、先程の言葉は本気だ。こんな素晴らしい景色の中跳べば、きっと何もかも忘れてただ自由を感じられるはず。抱きかかえて跳んでくれないかな、なんて考えながらルキノさんの方をちらりと見ると、彼はゆっくりと頷いた。

「私は此処でいるから、見てくるといい」
「ありがとう、ルキノさん」

どうやら私が座っているのに飽きたと思ったようだ。そんなつもりじゃないんだけれど、ルキノさんのその言葉は私に対する気遣いだ。折角だからお言葉に甘えて、少しばかり周りを見ることにした。

少しだけと思っていたけれど、居館ではまず見られない鮮やかな花、風を受けて緩やかに揺れる草、それに透き通るような青い空……それらに夢中になってしまった私は忙しなく動いていたようだ。
ふとルキノさんの方を見ると、目があった。もしかして私がはしゃいでいたのをずっと見ていたのだろうか。ああ、恥ずかしいな…。慌てて目を逸らし後ろを振り向いた。それでも背中にルキノさんの視線が刺さっているようで、恥ずかしくて顔が赤くなる。
気を逸らすために、空を見上げたその時、吹き上げるような風が私を包む。花弁が舞い散り、思わず目を瞑る。よろけそうになった瞬間、腰に衝撃を受け後ろに引かれる。それがルキノさんの尻尾だと気づいた時には、彼に背後から抱き締められていた。

「わ! びっくりした…」
「……」

ルキノさんは何も話さず、先程より幾分か強い力で私を抱き締める。そんな事があるはずがかいのに、どうしてかルキノさんが震えているように感じる。

「どうしたんですか?」
「……ああ」

私の問いかけに、ルキノさんはようやくといった様子で声を絞り出した。背後にいるルキノさんの方へ何とか顔を向けてみたが、俯いていてルキノさんの表情はよく見えない。そんなルキノさんをどうにか元気にしたくて、私を抱きしめていた彼の手に自分のそれを重ねた。

「君が、花に隠されるかと」
「花に?」
「ナマエが風に攫われて、私の前から消えてしまうように感じたんだ」

情けない、笑ってくれ、ぽつりとルキノさんが呟く。笑ってくれと言ったはずの彼は、何も聴きたくないと言わんばかり私の腰へ尻尾を巻き付ける。少し考えた私は重ねていた手を下げ、尻尾を軽く叩いた。ルキノさんにとって痛くも痒くもない力だったはずだ。しかし、尻尾はびくりと跳ねて力なく地面へと落ちていった。そして尻尾が落ちると同時に、ルキノさんの力が抜ける。

「すまない」

私を抱き締めていた腕が離れ、ルキノさんがスッと一歩下がる。私は軽く息を吐き、ルキノさんの方へと身体を向ける。そして、目線を落とす彼の顔を覗き込むように、視線を合わせた。

「ルキノさん、私はここにいます」

そう告げると私はルキノさんに抱き着いた。私の言葉を聴いた瞬間、彼の瞳が僅かに開かれたのを見た。何か言おうと閉口するルキノさんに気づかないふりをして、ぎゅっと力を込める。私の背中に手を回そうとして、戸惑い結局引かれてしまった手が見えた。それでも私は構うことなくルキノさんに自身を押し付ける。

「貴方が望むなら……いいえ、貴方が望まなくても側にいます」

「だから、私を離さないで」その言葉を告げる前に、私の背中に手が伸ばされた。力強く、しかし私を傷付けないその手には、ルキノさんの想いが篭っているように感じる。そっとルキノさんの顔を見上げると、彼はどこか泣きそうな表情で薄く微笑んで、私の額へと口を寄せた。

「きっと、私は…荘園で一番の幸せ者だ」