宙に消えたい

「探したぞナマエ」
「ナワーブ…」

バルコニーで一人、夜空を見上げていた私に後ろから声がかけられた。振り向かなくても分かる。この声は私の恋人ナワーブだ。折角来てくれたのは嬉しいけれど、今は一緒にいたくない。

「夜も更けてきた。こんな所にいたら、身体を冷やすぞ」
「うん、そうだね。でも、もう少しここにいたい」
「……何かあんのか?」

私がここにいた理由は、急に不安になって外の空気を吸いたくなったから。こんな事言ったら、ナワーブに呆れられてしまうかもしれない。ナワーブの顔を見れずに俯く私に、彼はゆっくりと距離を詰めてきた。弱気になって、泣きそうになっている私を彼に見られたくない。

「なあ、どうした?」
「何でもな…あれ…」

隣に来たナワーブが不思議そうに私の顔を覗き込んだ。大丈夫だと伝えようとした瞬間、私の目からぽろりと涙が溢れる。思っていた以上に、私の精神は限界だったのかもしれない。そんな私を見て、ナワーブは目を一瞬見開き、そして眉間に皺を寄せ険しい表情をする。泣くな、そう怒られる…と思った私の耳に入ってきたのは、思ってもみなかった言葉だ。

「こっちへ来い」
「え、わ…ナワーブどこへ行くの?」

無言で私の手を引くナワーブに、何とか涙を止めようと空いている手で目を擦りながら足を動かす。ナワーブに連れて行かれた場所は、彼の部屋だった。殆ど入った事のない彼の部屋に心音が高まるのを感じながら、恐る恐る足を踏み入れる。
私が部屋に入ったのを確認したナワーブは、一度頷きそして私を抱き上げた。

「きゅ、急に何!?」
「何もしねぇから、暴れんな」

ビックリして暴れそうになる私に、ナワーブはゆっくりと言い聞かせる。彼の優しげな声に、私は力を抜き身を委ねる。ナワーブは私が落ち着いたのを見て、表情を少し和らげた。
そしてナワーブはベッドへと私を下ろした。下ろした際に少し勢いがあり驚いてしまったが、何となく彼らしいと思った。ベッドに座った私に、ナワーブはそっと手を伸ばす。

「泣きたいなら、好きなだけ泣けばいい」
「…ナワーブ」
「シーツにくるまってりゃあ誰にも見えない」

私に伸ばされた手は、ゆっくりと私の頭を撫でた。ぎこちなく私の頭を撫でるナワーブは、そう私に言い切るとふいと視線を逸らした。これは彼なりの優しさだ。誰にも、の中にナワーブ自身も含まれているに違いない。

「落ち着くまでここにいるといい」

するりとナワーブの手が頭から離れる。そしてそう告げた彼は踵を返し、ベッドから離れていこうとする。足を踏み出そうとする彼の服を、くいと引っ張った。軽い力のそれは簡単に振り払えたと思う。しかし、ナワーブは足を止めてこちらを振り向いてくれた。私は小さく息を吸い、口を開く。

「あのね、一つだけお願いがあって」
「何だ?」
「私、怖いの。こんな弱音情けないと思うけど、皆が……ナワーブが私の前から消えていくのが、怖い」
「……ああ」

ぽつりぽつりと話す私を、ナワーブは嗜める事も呆れる事もなく真剣な表情で見ている。だからこそ、私も恐れずに本心を話さなければ。俯きそうになる頭を上げ、彼の目を見て私は想いを告げる。

「約束して、とは言わない。今は私を抱き締めて」
「おう」

ナワーブは私を優しく包み込んだ。抱き締めたその手で私の背中をゆっくりさする。そのペースの心地良さに不安が融解していくみたいに感じる。

「絶対とは言えないが……ここにいる限り、俺はナマエの側にいる」
「ありがとう、ナワーブ」

先程まで背中をさすっていた手は止まっている。その代わりに彼は私をぎゅっと抱き締めた。暖かさに包まれながら、ナワーブの胸元へと顔を寄せると、トクトクと彼の心臓の音が聞こえる。ナワーブはここにいて、私の側にあってくれる。

「安心して今は寝たらいい。俺がずっと見といてやるから」

そう言うとナワーブは優しく微笑んだ。私も彼に笑い返し、そして共にベッドへ横になる。彼の体温を感じながら、もっと彼を感じたくて身を寄せる。不安なんて宇宙のチリとなって消えればいいのに。途方もない考えを頭から追い出し、今はただナワーブと共に眠るのだ。