「アントニオさん! 起きてください!!」
「頭に…響く……」
今日は試合も何もなく、一日中アントニオさんと一緒に過ごせると思っていたのに。約束の場に現れない彼を心配して、わざわざハンターの居館まで来てみたらこれだ。
部屋のドアを開けた瞬間、鼻についたのは酒の香り。床を見ると幾つかの酒瓶が転がっていた。私は瞬時にアントニオさんの状況を理解する。彼は私との約束があったにも関わらず、昨晩酒をしこたま呑んだようだ。また性懲りもなく……。私は溜息を一つ溢しながら、ベッドで無造作に寝ているアントニオさんに近づく。
私との約束をすっぽかして、気持ち良さそうに寝ているアントニオさんが恨めしい。私とお酒どっちが大切なの!? と馬鹿な台詞が頭に浮かび、慌てて追い払う。どちらがなんて比べるものではない。
とりあえず彼に起きてもらわなければ。普通に声を掛けようと思ったが、少しばかり悪戯心が頭をもたげる。約束を破ったんだし、これくらいいいだろう。私は息を吸い、必要以上の声量でアントニオさんの名前を呼んだ。
*
「ナマエ……私に構ってほしいのは分かるが…」
「分かってない」
思わず低い声が出てしまった。アントニオはんは私の煩い呼び掛けに、身体は起こさないものの反応を返してくれるくらいには覚醒したようだ。しかし、その返答はあんまりなものだった。アントニオさんは私との約束を、本当に忘れてしまったのだろうか。私がアントニオさんを想っている程、彼は私の事を想っていないのかもしれない。アントニオさんをちらりと見ると、彼はもぞもぞと身体を動かしていた。そんな様子に、今日は諦めて帰ろうと心に決める。
「アントニオさん、私もう行きますから……これ以上は飲まないようにしてくださいね」
「行く? 何故ここから去る必要がある?」
「何故って…きゃっ!」
去ろうとした私を引き留めたアントニオさんに答えようとした瞬間、身体が強く引かれる。アントニオさんの髪の毛が腕に巻き付いたと思った時には、ベッドへ引き摺り込まれていた。彼の香りと酒の残り香が混ざり、私まで酔ってしまいそうだ。
「ふふ、折角来たのだ。一緒にいればいいじゃないか」
「ちょっとアントニオさん!」
髪だけではなく、身体全体を私に絡ませようとするアントニオさんを軽く叩く。いくら酒が残っていようと彼はハンターだ。私の抵抗なんて、彼にとっては意味を為さないものだろう。ただ、今のアントニオさんを放っておくと、エスカレートするに決まっている。流石に好きにさせる訳にはいかない。
「ああ、ナマエ。今日は私と一緒に過ごす約束の筈だろう」
「え?」
アントニオさんの言葉に動きが止まる。彼の動きも止まっている事に気がつき、身体を起き上がらせた。アントニオさんも緩慢な動きで身体を起こし、顔に掛かっていた髪を軽く払った。私は彼の言葉を吟味しつつ、顔色をこっそりと伺う。
「覚えているとも。……そんな目で見ないでくれ」
「今思い出しましたね?」
「ああ、その通りだ。すまない、昨日飲むまでは覚えていたのだが…」
「全く…飲み過ぎですよ…」
やはりアントニオさんは起きた時点、というより酔いが回ってきた辺りから約束事は抜け落ちていたようだ。それをさも覚えていたように言うなんて。私は非難の意も込めて、じろりと彼を睨む。そんな私にアントニオさんもたじろいだ。幾分反省している様子に、少し肩の力が抜ける。
「今日の約束は、また埋め合わせをさせてくれ」
「私が今日の事許すと思ってるんですか?」
前言撤回。アントニオさんは私が許す前提で話をしている。いつも許してしまっている私も悪いのだが、流石に傲慢が過ぎる。思わず眉を顰めてしまった私は悪くない筈だ。
「許す筈だ」
「何を根拠にですか…」
「何を? 君は私の事が大好きだろう?」
息が止まった。彼が言った言葉を理解した瞬間、身体の体温が上がり、頬に熱が篭っていく。アントニオさんが調子に乗ってしまう程、私の好意は大きいものだったのだろうか。言葉にならない声を上げる私を見て、アントニオさんはニヤニヤという擬音がぴったりな様子で笑っている。
「図星か。隠さなくていい、照れているナマエも私に見せてくれたまえ」
そう言うとアントニオさんはゆっくりと私の頬へ手を伸ばし——
「駄目です!!」
「ナマエ?」
「今日は流されませんから! アントニオさんが禁酒するまで、私に触るの禁止ですよ!」
「ま、待て! それはあまりに酷な決め事ではないか?」
慌てるアントニオさんを尻目に、私はベッドからそっと降りる。無理に引き留める事も出来る筈なのに、それをしないアントニオさんの愛を感じたが、それが免罪符になる訳でもない。今回こそアントニオさんにも、我慢というものを覚えてもらわなければならない。考え直せと喚いているアントニオさんに、私は条件を突きつけた。
「ニ週間!」
「何?」
「それだけ我慢出来たら、好きにしていいですから」
「好きに…ナマエをか?」
「ええ」
アントニオさんは毎日でも酒を飲むような男だ。最初の一週間も持てばいい方だろう。彼が酒を飲んだかは、ハンターの居館にいる執事に聞けばいい。これを機に少しくらい酒を飲む量を減らして、あわよくば私の事をもっと構ってくれたらいいのに。そんな事を考えている私は、アントニオさんの目の色が変わっている事に気が付かなかった。
「分かった。二週間後、楽しみにしている」
「応援してるよアントニオさん」
二週間後、約束した事を後悔する羽目になるのだが……今の私は知る由もなく、彼の部屋を後にするのだった。