思うままに

※暗いお話

今日のナマエはいつもと様子が異なる。私の腰に抱き付いたまま、顔を伏せ動く様子がない。満足するまでそのままにさせておこうかと思ったが、彼女が押し殺すように息を吸っている事に気が付いた。泣いているのかと問おうと思ったが、それを聞いたところで彼女の憂いが晴れるとは限らない。
そうであれば私がやるべき事は何か。それはナマエが落ち着くまでただ側に居てやる、それだけだ。私に顔を押し付け震えるナマエの背を、ゆるゆると撫でる。そのまま彼女の震えが治まるのを待った。

ナマエの呼吸が穏やかになってきた頃、私は背中から手を離す。暫く無言の間が続いた後、彼女がゆっくりと顔を上げた。彼女の目が僅かに赤くなっている。その目を擦ろうとするナマエを制止し、代わりに目尻に口付けを落とす。少しだけ塩辛さを感じ、確かに彼女が泣いていた事を理解した。

「ルキノさん…」
「ああ、何だ?」

私の名前を呼んだナマエの声は小さく、掠れて消えてしまいそうなものだった。遠慮がちに掛けられた言葉の続きを、どうやら彼女は発するのを躊躇っているらしい。私はナマエが続けるのを、ただひたすら待つのみだ。ナマエの視線は中空を彷徨っていたが、意を決したのか動きを止めて此方を見据えた。

「私ね、貴方の過去に嫉妬していたんです」
「過去?」
「ええ、私と出会う前にルキノさんはどれだけの方と……深い仲に、なったんですか」

嗚呼、ナマエは。幾ら過去を羨んでも変えられぬ事は理解しているのだろう。理解した上で、自身の思いを吐き出している。ドロドロとした嫉妬心に嫌悪を抱きながらも、抑えきれない激情に突き動かされ、その言葉を告げたのだ。何と愚かで、それでいて愛おしい存在なのだ! ナマエが私に向ける感情の甘美たるや、他に勝るものはあるまい。
今も不安げに揺れるナマエの瞳の中に、どこか期待の色が混ざっている。彼女は私が過去にそのような存在はいなかったと、そう告げるのを待っているのだ。嘘を吐くのは簡単だ。しかし、私は……そうはしなかった。

「大事なのは、今この瞬間だ」

私の答えにナマエは微かに目を見張り、そしてゆるりと口角を上げた。ナマエの眉は下げられ、顔には失望の色が灯っていたが、彼女が泣く事はなかった。私が敢えて明確な回答をしなかった理由。それを彼女は分かっている。君の望むように捉えればいい。私が今想っているのは君しかいないのだから。

「ルキノさん…名前を呼んで、そして私にキスを頂戴」

彼女の名前を呼び、それに応えた彼女の口を私のそれで塞ぐ。嗚呼、君はずっと私の過去に囚われ、そして今の私に追い縋るのだろう。そのままの君でいてほしい。私を思い、私で思考が満たされ、そして私の為に感情を動かす。私がナマエの全てを支配しているような。そんな愚かしい感情を抱く私をどうか赦してくれ。
ナマエの伏せられた瞼が濡れるのを、私はぼんやりと眺めた。