楽園へ至る

※死ネタ

 魔トカゲルキノには愛しの彼女がいる。その彼女はルキノの部屋で共に暮らしているらしい。その噂を聞きつけた野次馬達はこぞって魔トカゲの部屋へ訪れた。しかし、彼の部屋で彼女を見た彼等の誰しもが、口を閉ざすのだ。あのリッパーですら「教授が彼女を愛している事だけは伝わってきました」とだけ呟き、他に何も言及する事はなかった。
 ここで一人、どうしてもルキノの彼女を見たい者がいた。泣き虫、ロビーである。何度か直接ルキノに頼んでいたが、ルキノが首を縦に振る事はなかった。そうなれば他のハンターに聞く他ない。しかし誰もが口を閉ざし、まるで自分だけ仲間外れになったようである。どうして自分だけ教えてもらえないの? 痺れを切らしたロビーは、再びルキノの部屋へと訪れた。

「ルキノ! どうして僕にだけ見せてくれないの?」
「ロビー……」
「僕のこと嫌い? だからルキノの大切な人を隠してるの?」
「! いいや、違うさ。……少しばかり君には刺激的かと思ってな」

 ルキノはロビーの言葉に僅かに目を開いた。幼きハンターは己が嫌われているのではと不安に思っていたようだ。大人の色恋沙汰等見せるべきではないとの判断であったが、隠している方が彼にとっては良くない。そう気が付いたルキノは隠していてすまなかったと謝罪し、ロビーを部屋へと招き入れた。
 初めて入るルキノの部屋に、ロビーは物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回す。そう珍しい物はないぞ、とルキノは落ち着かないロビーを見て軽く息を漏らす。そこにはロビーを馬鹿にするものはなく、ただ微笑ましく思う気持ちだけがあった。床に積み上がった本に気をつけるように声を掛け、ルキノはロビーを部屋の奥へと誘導した。

「ここにいるの?」
「ああ、この奥が彼女の部屋さ」

 奥にはドアが一つあった。僕の部屋にはもう一つの部屋なんてなかったのに! ずるいなあ、とロビーは不満を溢す。それにルキノは苦笑いで返し、もう一つの部屋へと繋がるドアに手を掛けた。

「ナマエ、君にお客様だ」

 薄暗い室内に投げ掛けられたルキノの言葉は、誰にも受け止められる事なく闇に溶けた。返事がない事を不思議に思ったロビーだったが、ルキノは気にする事なく足を進める。その先にはベッドがあり、ロビーは寝ていたから返事がなかったのかと納得した。

「そこにルキノの彼女がいるんだね!」
「彼女は人見知りでね……ほらナマエ、起きたまえ」

 そう言うとルキノは布団をゆっくりと捲り上げた。そこにいた“彼女”の様子に、ロビーは思わず固まる。ルキノに対して何か言いたげに視線を送ったが、ルキノはそんなロビーの視線を気にも留めずに、ただ彼女に対してのみ意識を向けていた。

「ああ、緊張しているのか? 大丈夫だ。ロビーは今まで来た奴等と違って、失礼な事はしないさ」
「ルキノ…」
「ロビー少し待ってくれ。彼女は私と話したいそうなんだ」

 ロビーの言葉に制止を掛け、ルキノは彼女に睦言を投げるのに夢中である。ルキノが話している言葉に理解出来ないものも混ざっていたが、どこか居心地の悪さを感じたロビーはそわそわと落ち着きをなくした様子であった。そんなロビーにようやく気が付いたようで、ルキノは言葉を止めて振り返る。振り返ったルキノの表情は、今まで見てきた中で一番楽しそうであり、ロビーは僅かに驚いた。ルキノってそんな笑顔も出来るんだ。

「すまない、盛り上がってしまってね。……彼女が私の大切な人だ。ロビー君は彼女の事をどう思う?」

 ルキノの問い掛けにロビーは沈黙で返した。ロビーの身体が左右にゆらゆらと揺れる。暫くの間、向かい合い互いに無言のままであったが、ロビーが頭を軽く振りピタッと揺れを止めた。まるで何かを決意したかのように。

「ごめんね、僕にはルキノの彼女見えないや」

***

 ロビーには悪い事をしてしまった。確かにここに彼女はいない。いや、私にとってはいるのだが…。
 ナマエの身体は、私がこの姿へ変異する過程で壊れてしまった。魔トカゲへと至る最中、抑え切れない衝動が私を襲ったのを覚えている。その時、苦しむ私を助けようと彼女が傍にいた事も覚えていた。
 しかし、私が落ち着きを取り戻した時に最初に気が付いたのは、鉄の匂い。そして手に付着した温かな血液。変異した自身の身体に気付かない程、私は動揺していた。側にいた筈のナマエがいない! 痛む身体を無視して、荒れた部屋の中で彼女を探した。どうか無事であってくれと、私は願う。充満する血の匂いから、彼女が無事でない事は分かっていた。それでも私は一抹の期待を捨てる事が出来なかったのだ。だが、現実は非情である。ナマエは壁に凭れるように、血溜まりの中で座っていた。
 どうして彼女を奪うのです、神よ! 今まで大して祈った事のない神に対して、怒りをぶつける私は滑稽だっただろう。私は目の前のナマエを抱き締めた。少しずつ冷たくなっていく彼女を暖めようと。
 そうやってどれ程時間が経ったであろうか。最愛の者を喪って動けなくなった私に、ナマエの優しげな声が聞こえてきた。まさか祈りが通じたのか? そう腕の中のナマエを見たが、先程と変わらず目を閉じたままだ。ナマエを喪ったショックで幻聴聞こえてきたのかと自嘲したが、たとえ幻聴であれど彼女の声を聴けるのであれば何でもよかった。もう一度、もう一度だけ声を聴かせてくれ、そう願った私に奇跡が起こった。

「ルキノさん、泣かないで」
「ナマエ? 何処にいるんだ、私のナマエ!」

 幻聴ではない。彼女が私に話しかけてくれた! 辺りを見渡すがナマエの姿は見当たらない。ああ、彼女は一体何処に。

「心配しないでね、私はずっと貴方の側にいるから」

 その時私は理解した。ナマエの身体はもうとっくに亡くなっていた事を。しかし、私がナマエを認識している限り、彼女は私の側にあるのだ。喪心により気が触れてしまったと思われても構わない。私が生まれ変わったように、ナマエも生まれ変わったのだ。私だけの彼女に!


 今日もルキノは愛しの彼女と過ごしている。たとえ他の者に理解出来なくとも、そこは彼にとっての楽園なのだ。