彼好み

ああ、苛々する。最近思ったように試合が進まず、勝ちを逃してしまう事が以前より増えた。己の実力不足と言われればそれまでなのだが、そう分かっていても気分が下がってしまうのは仕方ないだろう。
この苛立ちを解消出来るものは何か、もちろん酒と女であろう。幸いな事に私には愛しのナマエがいる。ならば彼女を堪能させてもらおうかと思ったが、今や彼女は夢の中である。流石に眠りに落ちたナマエに手を出す程落ちぶれていない。仕方なし、それであれば酒だとナイチンゲールを呼び出し手に入れたのは、私の趣味に合わない赤ワインであった。手軽に酔える安酒をと頼んだが、今は用意出来ないと断られてしまった。
好みでないワインを片手に、私はぼんやりと外を見ていた。はあ、何かいい事が起きないものか。そう独り言ちた時、くいと袖を引かれる軽い感触がした。起きて私の元まで来てくれたナマエを待たせぬように急いで振り向く。ただし、その前に手にしたワインを窓辺に置くのを忘れずに。
振り向いた私の視線が己より随分と小さなナマエへ向けられると、自ら私の事を呼んだはずの彼女はどこか気まずそうに目を逸らす。暫く彼女の視線が宙を彷徨い、何を考えているのかと思っていたが、耳が赤くなっている事に気付く。何やら可愛い事を考えているに違いない。思わず上がりそうになる口角を隠し、ナマエへと手を伸ばした。

「アントニオさん、少ししゃがんで」
「……?」

私の手がナマエに触れようとした瞬間、彼女の可愛らしい口から音が溢れる。ナマエの声を私が捉えられない事は絶対にないが、お願いの意味が瞬時には理解出来なかった。何が恥ずかしいのか分からないが、目にうっすらと涙を滲ませ紅潮した頬でこちらを見上げるナマエは何と可愛い事か。この可憐なナマエの姿を見れるのは、恋人である私だけだと思うと気分が良い。先程までの苛立ちは霧散してしまった。

「気が変わる前に早く!」
「あ、ああ」

動こうとしない私に痺れを切らしたのか、ナマエは声を荒げた。相変わらず頬は染まったままで、いまいち迫力には欠けるが普段大人しい彼女が語気を強めた事に驚いてしまう。僅かだがまごついてしまった自分自身を心の中で笑い、彼女の願いに応えるため身を屈める。
どれほど屈めばいいのかと思案していると、ナマエが背伸びをしているのが見えた。踵を上げ、小さい背で何かをしようと必死になっている彼女がいじらしい。しかし足が震えているが転びやしないだろうか。手を貸すべきかと悩んでいたところ、ナマエから手を伸ばし私の服をきゅっと握った。
さて、ナマエの目論見は一体何だと顔を伺おうとした時、彼女が思っていた以上に近い事に気が付く。恥ずかしがり屋のナマエなのに珍しい事もあると思った瞬間、彼女の顔が近付き、可愛らしい音を立てて口付けをしていく。

「い、いつものお返し!」
「……」

は? ナマエの思いもよらない行動に変な声が出そうになった。動揺が悟られないように口をつぐむと、彼女は不安げな表情でこちらを見ていた。

「アントニオさん…嫌だった?」
「いや、随分嬉しい事をしてくれる」
「よかった…」

嫌な筈があるものか。いつものお返しとは言うものの、私の雰囲気で機嫌が良くない事を察して慰めに来てくれたのだろう。なんとよくできた彼女か! 私には勿体ないと感じるくらいだが、他の者に渡すつもりは毛頭ない。
はにかむように笑うナマエを、引き寄せて抱き上げる。そして私からもお返しにキスを落とした。くすぐったそうに身を捩る彼女を逃さないようにと、彼女の手に指を絡める。すると彼女は一瞬の間の後、ゆるりと絡み返してくれた。そんなナマエにもう一度口付けし、耳元に顔を寄せ、こう呟いた。

「実に私好みだ」