なんて単純な

「ねえ、ナマエさん。何か怒ってます?」
「怒ってない」
「いやだなあ、怒ってるじゃないですか」

分かっているのなら聞かないでほしい。わざわざ人が居なさそうな時間を狙って食堂に来たのに、一番空いたくなかったジャックに会うなんて最悪だ。
先程までの協力狩りで私はジャックと組んでいた。いつも通りサバイバー達を捕まえて、さっさと帰れると思っていたのに。ジャックは何を思ったのか、サバイバーを捕まえる事なく彼等と話し始めたのだ。人が苦痛に歪む姿を何よりも楽しみにしている男が! 
それだけだったらまだ良かった。サバイバーに解読を終わらせてもらって、ゲートから出てもらえばいい。そう思っていたのに、ヤツはサバイバーを抱き上げてマップ内を歩き出した。最初は遠目で見ていたサバイバー達も集まってきて、ジャックに姫抱きにされるのをせがむ始末。早く帰りたいのにジャックは此方を一瞥するだけで、そのふざけたお遊びを止める事はなかった。そりゃ怒るに決まっている。

「はいはい、怒ってますよ! もう帰る!」
「急に立ち上がると」

ジャックが何か言いかけたが、それを無視して立ち上がった。その瞬間身体に軽い衝撃と、そして上半身に何か掛かった感覚。立ち上がった瞬間、後ろを通ろうとしていた給仕に当たったらしい。その結果彼女が運んでいた飲み物が私に掛かった。そういえばジャックがワインを頼んでいたような…

「〜〜っ!!」

状況を理解した時、すでに私の服は赤く染まっていた。肌に濡れたシャツが引っ付いて気持ち悪い。給仕が頭を下げて謝っているのが見えるが、それに応じる余裕なんてなかった。

「おやおや、濡れてしまいましたね。怒りを覚ますには丁度良いのでは?」
「本当に最低ね!」

惨めで泣きそうになる。濡れてしまった事より、怒りに支配されて周りが見えず、ヘマをしてしまった。さらにそれをジャックに見られていた事が情けなくて仕方ない。走り去ってしまいたい。そう思う私が此処から動かないのは、これ以上恥の上塗りをしたくないという、どうしようもないプライドが邪魔するからだ。

「ほら、拭いてあげますから…此方へ」

ひとしきり笑ったジャックはそう言うと、手招きをする。どこまでも私の癇に障る男だ。私がお願いしますだなんて、可愛らしく出来るような女なら、この場で立ち尽くしている筈がないのに。そんな思いも見透かされているようで、どうにか悟られまいとジャックに視線だけでも合わせた。

「仕方のない人だ」

そうジャックは呟くと立ち上がり、此方へと足を進める。仮面の奥から覗く眼光は、まるで私の考えなんてお見通しだと言わんばかりで、つい顔を俯かせてしまった。

「嗚呼、何て良い顔をするんですか」
「見ないでよ…」
「ふふ、惨めで…実に私好みだ」

私の目の前まで来たジャックは、右手で私の顎をくいと上げる。切り裂き魔の前で喉元を晒すのも、彼に情けない表情を見られるのを嫌だった。顔を何とか逸らそうとしたが、ジャックがそれを許してくれない。いつの間にか彼の左手は私の腰に回され、少しも逃げる事が叶わなくなっていた。
ジャックの左手はいつもの刃は外されている。しかし、鋭いモノを突き付けられているように感じる。羞恥か緊張か、私の心臓は嫌に大きな音を奏でていた。そんな私を面白がるかのように、ジャックは私の喉元に僅かに爪を立ててつぅっとなぞる。
そうしてどれだけ時間が経っただろうか。ふいにジャックの手が私から離される。そして急にジャックが座ったと思った瞬間、勢いよく引かれ気が付くと彼の立てられた膝の上に乗っていた。自分の置かれた状況を理解出来ずに目を白黒させていると、太ももの下あたりに手が入れられた事に気付く。

「わっ!」
「暴れない、暴れない。まったくお転婆なお嬢さんですね」
「降ろして!」

私が文句を言う前にジャックは立ち上がる。ぐんと引かれる感覚に一度目を瞑り、開けるとジャックの顔がかなり近くにあり、思わず身を引く。そんな私の抵抗をものともせず、ジャックは楽しげにクスクスと笑う。あんなに細い見た目をしているのにびくともしない。ジャックが男である事を否応にも意識してしまう。ジャックは私の声なんて届いていないかのように、上機嫌に口笛をぴゅうと鳴らして歩き始めた。

「ねえ、本当に降ろし…」
「本当はこうされたかったのでしょう? 私の可愛いナマエ、どうか機嫌を直してください」

ジャックの声に私は抵抗を止めた。自分でも分かっていた。彼等に嫉妬していた事を! だがそれを認めるのが嫌で、そして大人気なく拗ねていたのだ。認めたくはなかった。

「素直なあなたも好きですよ」

だけど認めてしまったら、こんなに楽になるだなんて。私はなけなしのプライドを捨て、ジャックに身を任せる。行き先は何処だっていい。もうジャックの好きなようにしてくれれば。