部屋で寛いでいた筈のナマエが外をチラチラと見ている事にルキノは気が付いた。手を止めてルキノも彼女の視線の先…外を見る。しかし、これと言って興味を引くようなものは見当たらない。悩むよりナマエに直接聞く方が早いと、ルキノはソファに腰掛ける彼女に声を掛けた。
「先程から外を見ているようだが、君の興味を引くものでもあったかね?」
「興味…? ああ、外はいい天気だと思って」
ナマエの言葉に再び外を見ると、確かに晴れ渡り陽気な空模様が広がっていた。柔らかな日差しが部屋の中へと差し込んでいる。この荘園では陰った空が多く、これ程までの晴天は珍しい。だから彼女は外を気にしていたのかと、ルキノは一人納得する。外を見て頷くルキノに、ナマエは恐る恐るといった様子でとあるお願い事を告げる。
「ルキノさん、もし良かったら外へ散歩にでも行きませんか」
「……すまない」
一瞬の間の後、ルキノは謝罪を口にした。愛しいナマエの願いを聞いてやりたいのは山々だが、今行なっている作業を放っておく事は出来ない。謝罪の言葉を聞いた瞬間、彼女の表情が僅かに翳る。しかしすぐに気にしないでとルキノを気遣った言葉を掛けた。
そんなナマエの様子を見て、早々に作業を終わらせなければとルキノは思う。残念だという思いを隠しきれない彼女の頭を撫で、作業を終わらせ次第外に行こうと約束した。
「本当に気にしないでくださいね」
「いや、君からの折角の誘いだ。少しだけ待っていてくれ」
「それなら窓だけ開けておいてくれませんか?」
「窓を? 別に構わないが……ほら、開けたぞ」
窓を開けたと同時に、穏やかな風が頬を撫でる。成る程、これは散歩にうってつけだろう。すぐに終わらせるとナマエに声を掛け、ルキノは再び机に戻った。
黙々と作業を行おうと思ったが、ナマエの事がどうしてもルキノは気になってしまう。待っていてくれと告げた時の嬉しそうに顔が緩んだ彼女が、頭の中でチラついて集中出来なくなったルキノは、深く息を吐く。このままではさっさと終わらす事など出来ないと、軽く頭を振って邪念を追い出そうとした。だが結局のところ大切なナマエの事を考えないなど、到底ルキノには出来ない事だった。
ルキノは手元の作業を止めて、彼女の方へと視線を遣る。すると、身を乗り出して窓の外を覗こうとしているナマエがルキノの目に飛び込んできた。
「ナマエ!」
その様子を見たルキノの行動は早かった。素早く立ち上がり、室内である事などお構いなしに脚に力を込めて跳躍する。すぐさま窓際に到達したルキノは、慌てて彼女を引っ張り腕の中へ閉じ込めた。
「落ちたらどうするんだ!」
「っ! ルキノさん、ごめんなさい…」
ナマエを窓から離し、ルキノは目を見ながらそう告げる。普段ルキノから強い言葉を掛けられた事のないナマエは、驚きのあまりか身体を硬直させる。そんな彼女の様子にルキノに罪悪感とも取れる感情が湧き上がった。しかし、あのままだと下へと落ちていた可能性も否めない。
「君は落ちないと思っていても、万が一の事を考えると……私の気持ちを分かってくれ」
「……ありがとうルキノさん。これからは気をつけるね」
そんなナマエの返答にルキノは胸を撫で下ろす。ルキノにとって、彼女が傷付くのも彼女に怖がられる事も同等に恐ろしい事だったのだ。このままナマエを放っておく事は、自分の性格上出来ないと考えたルキノは彼女に提案する。
「作業が終わるまで、私の側にいてくれないか?」
「側に? ルキノさんが邪魔じゃないなら是非!」
その言葉にルキノはナマエを抱き上げる。急に抱き上げられたナマエは僅かに声を漏らしたが、いつもの事だとでも言わんばかりにルキノへと身体を預ける。ルキノは極力揺らさないようにと、ゆっくりとした歩調で机の方へ向かう。机についたルキノは膝にナマエを乗せ、そしてそのまま作業を再開した。
「本当に邪魔じゃないですか?」
「邪魔な訳があるものか! 窮屈かもしれないが我慢してくれ」
ナマエはルキノの声色、表情に嘘は言っていないと納得したようだった。ルキノも彼女を見て安心の息を溢し、再び作業へ戻る。しかしそれから暫くもしない内に、ルキノの集中は途切れる事となる。
「こら、やめないか」
「んー?」
「まったく…」
ルキノが腹部に軽い圧迫を感じ視線を落とすと、ナマエが頭をルキノへとぐりぐりと押し付けている…そんな様子が目に入った。ルキノは軽くナマエの頭を押さえたが、構ってほしい彼女には何の効果もないようだった。呆れ声を出しつつ、ルキノの内心は満更でもないといったものだ。
「……可愛いな、君は」
そんなナマエの頭へとルキノは手を伸ばし、そのまま頬へと手を下ろしていく。頬をスリと撫でてやると、ナマエの動きが止まった。不思議に思い、彼女の顔をじっと見ると赤らんだ頬を隠すように手で覆っている。
「ああ」
ルキノは気付く、ナマエの頬を撫でるは“夜”が多い事を。ナマエにとって頬を緩やかに撫でるのは、その行為を思い出すという事だ。外へ行きたいと言っていたが、彼女ももうその気はなくなっている筈だ。
「まだ、外に行きたいかね?」
ナマエは弱々しく首を横に振る。それを見たルキノの口角は緩やかに弧を描いた。もっと自分自身とのそれを忘れられないものにしてやろうと、ルキノは思う。今日は長い一日になりそうだ。