砕いてみようか

「無咎さん、今日は一緒に来てくれてありがとう」
「気にするな。俺もナマエと来たかったからな」

広くもない参道の両脇には所狭しと屋台が並び、美味しそうな匂いが漂っている。人々の騒めきの中、私は無咎さんと歩いていた。駄目元で誘ったが、彼は快く承諾してくれた。なんて幸せなんだろうかと、隣の無咎さんを見つめる。
私の視線に気づいたらしい無咎さんがこちらを向いた。そのまま目を細め柔らかに笑う。珍しい彼の表情に、かぁっと顔に熱が籠るのが分かる。気づかれるのが恥ずかしくて、私は視線を屋台の方へと逸らした。急に顔を逸らしたから、逆に変に思われていそうだ。うろうろと視線を彷徨わせていると、ある屋台に気がつく。キラキラと光るまるで宝石のようなりんご飴、それが整然と並べられた屋台だ。思わず私の歩みが止まる。

「あれが食べたいのか?」
「えっ、いや可愛いなって」
「そこで待っていろ」

立ち止まった私に気づいた無咎さんは、私の視線先を確認する。私に問いかけた彼は、私の答えに頷くと足早に屋台へと向かっていった。食べたいわけじゃない、なんて言う間もなく屋台へと消えていった無咎さんに申し訳なくなる。そして待つこと数分、無咎さんが戻ってきた。手にはりんご飴を握って。

「ん」
「ありがとう、無咎さん!」

無咎さんが渡してくれたりんご飴をお礼を言って受け取る。買ってもらったりんご飴は思ったより大きく、手にそれなりの重量を感じる。表面にコーティングされた飴に屋台の白熱灯の光が反射して綺麗だ。

「食べたい…」
「何か言いました?」
「いや、何でもない」

あまりにりんご飴に熱中しすぎて、無咎さんの言葉を聞き逃してしまった。すぐに聞き返したが彼は私に教えてはくれなかった。食べたいと言っていたと思うけれど、彼は自分の分を買ってこなかったのだろうか。一緒に食べますかと言いたかったが、流石にりんご飴を共に齧るのは行儀が悪すぎる。きっとただの独り言だったのだろうと思う事にして、私は彼の後に着いていった。

しばらく歩いて、気がつくと辺りに人がいなくなっていた。境内の方まで歩いてきていたらしい。月明かりと祭りの装飾の赤提灯が混じって、幻想的な雰囲気になっている。
無咎さんは立ち止まり、神社の階段へと腰を下ろした。汚れるかもしれないと少しばかり頭をよぎったが、まあ今日くらいはいいという事にしよう。軽く土を払い、私も無咎さんの隣に腰を下ろした。

「ところで食べないのか」
「食べます! ただ、綺麗でもったいないと思って」
「食べないと意味がないだろ」
「そうですね。でもこのりんご飴、ちょっと変わってませんか?」

私はそう言うと、手に持っていたりんご飴を宙にかざす。このりんご飴の側面には、白色の飴でバツ印が描かれており、まるでボタンのようになっている。宙にかざした事で月の光を受け、りんご飴はぼんやりとした輝きを纏っているようだ。そのままくるりと回し、私は模様を無咎さんの方へと向けた。無咎さんといえば、瞬きを数回し鼻から抜けるような声で笑った。

「そうだな、まるであんたの瞳みたいだ」
「えー? そうですか? ……あ、れ」
「心配するな。すぐにまた会える」

無咎さんがそんなロマンチックな事を言うなんてと笑おうとした瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。赤提灯の光が彼の後ろから照って……そんなところに、あったっけ? そう思っている内に、私の意識は遠のく。無咎さんが呟いた言葉だけが耳に残っていった。

***

「ん……ここは?」

目を覚ますと見た事のない天井が飛び込んできた。随分と天井が高い。柔らかなベッドに身体が沈んでいる。私が覚えているのは、祭りで…倒れてしまった事までだ。もしかして無咎さんが寝かせてくれたのだろうか。

「おや、起きましたか」
「無咎さん?」

身体を起こしてぼんやりと考えていると、優しげな声が掛けられた。声の方へ振り向くと、そこには無咎さんが立っていた。いつもと少し雰囲気が違う気がする。先程まではなかった模様……もしくは痣? それが顔に入っているからだろうか。

「……いえ、違いますよ」
「えっ? じゃあ貴方は…」

私の呼び掛けに目の前の彼は一瞬沈黙した。僅かに彼の眉が上がったように見えた。これほど似ているのに、彼は無咎さんではないのだという。人違いをして申し訳ないと思うと同時に、一体誰なのかという純粋な疑問が口をついて出た。

「それより、おまえ。一体何処から来たのですか」
「私は祭りに行っていて…」

彼は名を告げる事なく、私にそう問い掛ける。彼が連れて来てくれたのではないの? それより無咎さんは一体どこにいるのだろうか。少しずつ私の心に不安が影を落とし始める。自分自身現状を理解するためにも、ゆっくりと覚えている事を口にした。

「祭り、ですか。それではこれはおまえのですか?」
「あ、りんご飴!」
「ほら」
「ありがとうございます」

祭りという言葉に彼は反応した。そしてどこからかりんご飴を取り出して私に見せる。ゆるりと彼の手で回されたそれは、特徴的な模様が描かれていた。無咎さんが私に買ってくれたりんご飴だ。
よく分からない場所で不安になっていた私の心は、その飴一つで少し落ち着きを取り戻したようだ。渡してもらったりんご飴を両手でぎゅっと握り締める。彼は私の子供のような行動に、耐えられないといった様子で笑い声を溢した。

「ふふ、おまえの目は林檎飴のようで美味しそうですね」
「えっ?」
「食べてしまいたくなる」
「な、にを」

そう呟いた彼は私の顔に手を這わせた。およそ人の体温ではないようなひんやりとした感覚に、身体が震える。それよりも彼の手が目の周りをなぞるのが恐ろしくて、上手く息を吸えない。身体を動かせない私は、彼の好きにさせる事しか出来なかった。ようやく満足したのか、彼の手が離される。

「怯えなくても大丈夫です。私は、おまえには手を出しませんよ。しかし、まだ理解出来ませんか?」

彼は呆れたように頭を振り、そちらをと壁際を指した。導かれるままそちらを見ると、そこには鏡があった。きっと鏡を見ろという事だ。
震える身体を叱咤させ、ゆっくりとベッドから降りる。私にとって大きすぎる家具に怯えながら、ようやく鏡の前へ辿り着いた。
恐る恐る私は鏡を覗き込む。そして気づく、そこに映った私の瞳はまるで手に持ったりんご飴のような…。スーッと血の気が引いていくのが分かる。全て、思い出した。今目の前にいる彼の事も、私が無咎さんと呼んでいた彼の事も。

「やっと気付きましたか」

一か月ほど前、私はここに招かれた。サバイバーとして。決して彼ら【白黒無常】とは談笑するような仲ではなかった筈だ。夢を、見ていたのだろうか。荘園の暗さから逃れるための夢を。すぐに会えるとは、そういう事だったのか。

「安心なさい。おまえはすぐにでも彼に会えるでしょう」

どこか冷めたような白無常の声を聴きながら、目を閉じた。どうか再びあの幸せな夢が見れますように、彼にもう一度会えますようにと祈りながら。