勘違いと恋と、キス

私は珍しく右往左往をしているルキノさんをソファに座って見つめていた。
事の経緯は実に簡単だ。私が小さな魔トカゲがサバイバーのお供として存在しているのだと何気なく話したところ、ルキノさんから見てみたいので部屋に連れて来てくれないだろうかと頼まれたのだ。断る理由も元よりなく、珍しい彼のお願いに私は意気揚々と小さなお供を連れてルキノさんの部屋に訪れた。
小さな彼……ミニルキノさんを見たルキノさんは、よく連れて来てくれたと随分と嬉しそうだった。姿を見た瞬間、ルキノさんの尻尾が揺れるのを私は見逃さなかった。時折見せる可愛らしい姿にキュンとしてしまう。
ルキノさんが膝を折り、ミニルキノさんに手をそっと伸ばしたところまでは、微笑ましいやり取りが見られると思っていた。しかし小さな彼はルキノさんを無視して飛び上がり、ルキノさんの頭を踏み台にして跳躍する。

「大丈夫ですか!?」
「ああ、大丈夫だ」

ミニルキノさんを叱りつつ、本当に大丈夫だろうかと先程の姿勢のままのルキノさんをそっと見る。身体が僅かに震えており、やっぱり大丈夫じゃないのでは……? と思ったところで、ルキノさんから「素晴らしい」という呟きが聞こえた。心配は杞憂だったみたいだ。これなら私が何もしなくてもきっと仲良くなれると思うことにして、私はソファに腰掛けて彼らの様子を見ることにした。

しかし私の思惑は外れて、ルキノさん達は一向に仲良くなる気配がない。それもそのはず、ルキノさんが追いかけ回し、それに小さな彼は逃げて威嚇している始末だ。普通に仲良くしたいからといった態度ではなく、小さな彼の秘密を知りたいという邪なルキノさんの思考が漏れている。

「ああ! そこの棚は乗らないでくれ! ……しかし、その身体でその跳躍とは…興味深い」
「はあ、ルキノさんあまり怖がらせちゃ駄目ですよ」

しばらく大小ルキノさんのドタバタ劇を見ていたが、流石にミニルキノさんが可哀想だ。先程とは反対にルキノさんへ少しばかり苦言を呈す。

「怖がらせてなどいないさ。ただ少し、少しだけその小さき私の構造が気になっただけで」
「それに怯えてるんですよ…」

しかし私の言葉を何のその、ルキノさんは全く止める気配がない。やると決めたことに対して、熱心なことは良いことだけど……今回ばかりは知的好奇心を落ち着かせてほしい。普段見られない子供のような姿に、心が惹かれないかと言われれば嘘になる。だけど時折助けてという表情でこちらを見てくるミニルキノさんに、このままじゃ駄目だと溜息を溢した。

「ほら、こっちへおいで」
「ん? ああ」

私は軽く腕を広げて、ミニルキノさんに向けてそう告げる。私の声にピクリと反応した小さな彼がこちらに来る前に、ルキノさんが不思議そうな表情を浮かべながら私の方へ歩いてきた。ついでに彼もわずかに腕を広げており、もし他の人が見たら少し間抜けな図に映っただろう。
そのままルキノさんの腕の中に飛び込みたいという気持ちもあったけれど、頭を振ってその考えを追い出す。ルキノさんといえば、そんな私にどうしたのだと言わんばかりに首を傾ける。

「えっと、大きなルキノさんじゃないですよ」
「……!」

若干の罪悪感を含んだ私の言葉に、ルキノさんは衝撃を受けたような表情で固まる。やはり彼は自分自身が私に呼ばれたのと勘違いしていたみたいだ。また後で抱き締めてあげるし、抱き締めてほしいなと思いながら、私はミニルキノさんを呼んだ。

「わっ! ふふ、くすぐったい」

勢いよく私の胸に飛び込んできた小さな彼は頬ずりをした。尻尾がまるで犬のように動いているのが、ミニルキノさんの嬉しさを表しているようでとても可愛い。ミニルキノさんの頭をゆるゆると撫でていると、ルキノさんがスススと私の横に移動してきた。視線を僅かに外しているのは、先程の勘違いの気まずさがあるのかもしれない。

「ナマエ……その、距離が近くないかね?」
「距離? そりゃ抱っこしてるから近いですよ」

ルキノさんの言葉に小さな彼と顔を見合わせる。首をコテンと傾げたミニルキノさんは、そのまま大きな彼へと顔を向ける。ルキノさんも彼を見て……一瞬眉間に皺が寄った気がした。

「君はもう少し警戒心を持った方がいい」

私からはミニルキノさんの顔は見えなかったが、どうやら何かあったらしい。ルキノさんの尻尾が数回床に打ち付けられた。しかし、そんなルキノさんの行動に怖いという感情が沸くことはなく、むしろ彼からの好意を感じてしまう。

「ふふ、ルキノさんったら嫉妬してるんですか?」
「……」
「まったく、拗ねないでくださいよ!」

そう、だってルキノさんのそれは嫉妬だと分かっていたから! 私の指摘に図星だったルキノさんは、またもや視線を床に落とした。どうしてそんなにも分かりやすい態度を取るのだろうか。いつも彼にドキドキさせられっぱなしなので、私を想って感情を振り回されているのを見て少し嬉しくなってしまった。

「そんな顔で見ないでくれ」

どうやら顔に出ていたようで、ルキノさんはまた拗ねてしまったようだ。そんなルキノさんのことがどうしようもなく愛おしくて、どうしたら私のこの気持ちを彼に伝えることが出来るのだろうかと考えた。
悩んでいると顔に軽い感触があり、ミニルキノさんが小さな手で私の顔を触ったようだった。抱っこされているのにも飽きたのかもと、ソファに彼をそっと下ろす。ルキノさんも小さな彼くらい素直だといいのに、まで考えて私が素直になればいいことに気が付く。

「ルキノさん」
「暫く放っておいてくれたまえ……」

私の呼びかけにルキノさんは力のない声で答えた。思って以上に落ち込んだ様子だ。嫉妬するのが不甲斐ないと思ったのか、それともその感情を抱くことを恥じているのか……そんなこと気にしなくてもいい。
私は項垂れるルキノさんにゆっくりと近づいた。ルキノさんは私の気配に下げていた視線を緩やかに上げる。絡み合った視線はそのままに、私は彼の胸元に手を置き背伸びをする。そして目を伏せ、ルキノさんにキスをした。息を呑む音が聞こえた。

「こんなことするのはルキノさんに、だけです」

私からキスを贈ったことは数えられる程しかない。正直、今も恥ずかしさで顔から火が出そうだ。ルキノさんの次は私が目を合わせられなくなって、ついと視線を逸らしてしまった。僅かな無音の後、不意に柔らかな力で抱き締められた。

「ああ……ナマエ…」

大好きなルキノさんの腕の中で彼に名前を呼ばれるなんて、これ以上に幸せなことがあるだろうか? 絞り出すように私の名前を呼んだルキノさんの切なげな表情に胸が高鳴った。

「本当に、ナマエの事が好きだ…」
「私も…大好き!」

ルキノさんの大きな背中に、私も腕を伸ばした。もちろん大きくて回りきらないけれど、それでも幸せだ。思わず笑い声が漏れ、それを拾ってルキノさんも顔を緩めた。

そんな二人をチラと見て、ミニルキノは大きな欠伸を一つした。