あなたは私が一番愛する人

「小猫」

謝必安さんは私の事をそう呼ぶ。最初は響きが可愛くて、私だけをそう呼んでくれる、それが嬉しかった。だけど人は強欲で、もっともっと欲しくなってしまうのだ。

「謝必安さん、どうして私の事を小猫と呼ぶんですか?」
「おや、気になりますか? それはお前が小さくて愛らしいからですよ」

私の質問に謝必安さんはクスクスと笑い声を溢した。私もその返答を聞いて思わず笑みが溢れる。謝必安さんは私を可愛い女の子だと思ってくれている! ああ、嬉しい。

その日も相も変わらず、私は謝必安さんと部屋で共に過ごしていた。いつもの様子、いつもの会話、いつもの雰囲気。そのいつもが崩れたのは、試合の話題が出た時だった。

「新しく荘園に来た戚十一さん、とても強くて憧れちゃう」
「私の前でサバイバーの話ですか?」
「ごめんなさい! 確かに謝必安さんの前でサバイバーの話だなんて……」
「気にしないでください、怒っていませんよ。ところで彼女は…骨董商でしたか?」
「ありがとう。はい、そうですよ」

私がそう答えると、謝必安さんは戚十一さんの事を思い出しているのか黙り込んでしまった。戚十一さんは私達サバイバーにとってはとても頼りになる味方だけど、ハンターにとっては嫌な事を思い出すかもしれない。

「確かにあのお嬢さんはとても気高く、そして私達にとっては目障りな存在ですね」

にこり、そんな音が聞こえそうな笑みを貼り付けて謝必安さんはそう呟く。戚十一さんの事を褒めているのか貶しているのか、そこに触れるよりもっと気になった事があった。

「お嬢さん……?」
「ナマエ、どうしたのですか」
「謝必安さん、私の事いつもどう呼んでいますか?」
「いつも……小猫と」
「そう、ですよね」

しばらくそっとしていて、そう謝必安さんに告げて私は彼から視線を逸らした。私の意図が掴めず困惑の色を浮かべる彼に少しだけ罪悪感が湧いたが、今無理に話す方が酷い事を言ってしまう気がしたのだ。
謝必安さんは優しい。今だって私のただの我儘に、何も言わずそっとしておいてくれている。それなのに私は何気ない会話で、機嫌を損ねて拗ねている。彼が戚十一さんの事を“お嬢さん”そう呼んだ事が……ずっと離れない。私は謝必安さんに“小猫”と呼ばれていて、それが特別で嬉しかった。でも一度もお嬢さんなんて呼ばれた事がない。小さくて可愛いだなんて、もしかして小動物のような意味合いで言っていたのでは? 考えれば考える程、悪い事ばかり思い浮かんできて、心臓に針が刺さったようにチクチクする。

「泣かないでください」

その言葉と、謝必安さんの低い体温の指がそっと私の目元に触れた事で、思考の海から引き上げられる。謝必安さんを見ると眉を下げ、心配の色が滲んだ表情でこちらを見ていた。彼はそのまま私の頬を緩やかに撫でる。

「泣いて……?」
「どうしたのですか小猫。何がお前を悲しませているんですか」
「別に、悲しいわけじゃないんです」

私は何を言っているんだろうか。謝必安さんは私を心配して言ってくれたのだから、本音を伝えれば良かったのに。見栄っ張りの私はそれすらも口に出せず、ただ一人で悩んでいる。嫉妬だなんて子供っぽいと思われてしまうじゃない。

「ナマエ……你是我最爱的人」
「えっ?」

謝必安さんが何か(中国語だと思う)を私に告げ、そして正面から抱き締めた。少し痛いと思うほど力が込められており、いつもと違う謝必安さんに先程までの嫉妬や悲しみなんて吹き飛んでしまう。

「謝必安さん…少し、痛い」
「すみません。しかし暫くこのままで…」

力は少し抜けたが、謝必安さんは私を腕の中に閉じ込めたまま目を伏せた。彼の腕の中で先程の言葉の意味を考えようとして、やめた。彼の声色から、それは私の求める甘い言葉なのは分かっていたから。知ってしまったらきっともっともっと欲しくなってしまう。ありがとうと呟き、私も目を閉じた。


自身の腕の中で寝てしまったナマエを、謝必安はベッドへそっと下ろす。彼女は気紛れで、それでいて愛情を欲しがるまるで猫のような存在だと謝必安は思う。しかし、猫のように自由に生きて離れていってもらっては困るのだ。
どうかとびっきり甘い言葉に依存して、私の元から離れていかないように。謝必安はナマエに口付けを一つ落として笑った。