※ハロウィン
今日は収穫祭だと言って、試合もなく好きにして良いというお達しが出ていた。どうやら荘園に招かれた者全てに通達が行っていたようで、サバイバーの館では一部の者たちが(まあ殆どの者が参加しているが)、秋の食材を使って豪勢な食事を作って皆で食べようと動いていた。結局部屋に引き籠っていた者たちも食事時には参加し、立食パーティーのような収穫祭となったのだ。
私も参加していたが少し酒が回ってきたのと、場の空気に疲れてきたため、壁際まで歩いていき、楽しそうに交流をする彼らをぼんやりと見つめていた。そろそろ部屋に戻ろうかと思案していると、私の様子に気付いたらしいエミリーがこちらへ歩いてきた。彼女は本当に周囲をよく見ている。
「疲れてきたのかしら?」
「エミリー……少し、場の空気に酔ってしまって」
「あら、大変。好きなタイミングで部屋に戻って大丈夫よ」
「だけど…」
私が少し言い淀んでいるとエミリーは怪訝な顔を一瞬したが、すぐに私が言いたい事に気が付いたのか柔らかな笑みを浮かべこう告げる。
「後片付けなら気にしなくていいわ。手の空いている人がやるし、それに執事達も手伝ってくれるから」
「ありがとう、それじゃあお言葉に甘えて」
エミリーに感謝の意を伝えて私はその場を後にする。また別日に何かしらお礼をしよう。喧噪を背に廊下を歩きながら部屋へと向かっていたが、ふと外の風に当たろうと思い立った私は、バルコニーへの扉をゆっくりと開けた。
月明かりに照らされてぼんやりと光るバルコニーは疲れを癒してくれるようだ。風が火照った身体を冷やしてくれて気持ちがいい。少しだけここで涼んでいこうとバルコニーの手すりに手を掛け、ゆっくりと目を閉じた。風の音と虫の音だけが聞こえる。しばらくそのままでいたが、不意に誰かが来た気配を……というより何処からか着地したような音が聞こえて目を開けた。
「やあ、良い夜だ」
「えっ、わ」
音のする方へ振り向こうとした瞬間、急に耳元で囁かれる。誰の声かと認識する前に驚きでバランスを崩しそうになり、思わず目を瞑った。それと同時に腰に手が回され、グイッと引き寄せられた。
「おっと危ない」
その声に恐る恐る目を開くと、困ったように笑うルキノさんがいた。衝撃で一瞬息が詰まるような感覚を覚えたが、ルキノさんの大丈夫かという問い掛けにゆっくりと息を吐き呼吸を整えた。
「ルキノさん! どうしてここに?」
「ナマエを攫いに」
色々と聞きたい事があったが、その中でも特に気になった疑問を口にする。そんな問いにルキノさんは目をすうっと細め、攫いに来たと告げる。月を背に立つルキノさんの瞳は妖しく揺れており、私はただその輝きをぼおっと見つめていた。
「……なんて冗談だ」
「じ、冗談…?」
少しの時間の後、ルキノさんは空気を緩めて私の頭を何回か撫でる。冗談という言葉にホッとすると同時に、残念だという感情が芽生えた。からかわないでと伝えながら、改めて目の前のルキノさんを見る。
ルキノさんは今まで私が見たことのない衣装に身を包んでいた。いつもの服とは異なり、黒と金を基調にした様相だ。シックで落ち着いているが決して地味な装いではなく、どこか格式の高さを感じさせるような衣装。普段は掛けていない眼鏡までも掛けており、それがルキノさんにとても似合っている。格好いいなんてありきたりな言葉しか出てこなくて、どう伝えようかと悩んでいるとルキノさんが口を開いた。
「いや、私も収穫祭を楽しもうと…これも冗談さ」
「一体どうしたんですか?」
わざわざサバイバーの館に来るという事は、何か目的があって来たはずである。いつもより饒舌に、そして落ち着かない様子のルキノさんに私は首を傾げた。ルキノさんは逡巡するように視線を彷徨わせていたが、溜息を吐きこちらに視線をしっかりと見据えた。
「何か私に言いたい事でもないかね?」
「……もう、回りくどいですね!」
「ああ、すまない」
ルキノさんの回りくどい物言いに、何故ここに来たのか見当がついた。わざわざサバイバーの館まで来た理由、それは新たな装いに身を包んだ自身を私に見せるため。そして見せるだけでなく、彼は私にその衣装について触れてほしかったみたいだ。
それを直接言い出せなかったルキノさんはこのような言い方をしたのだろう。それを恥じているのか、彼は居心地の悪そうな表情を浮かべていた。そんなルキノさんに私は緩やかに笑い、彼の望む言葉を、私の思いを告げる。
「いつもも素敵ですけど、今日はまるで夜の主人みたいで…本当に格好いいです」
月を背にして立つルキノさんは本当に夜を統べる主人みたいだ。きっとこの美しい月も彼が従えているに違いない。私の言葉にルキノさんは目を僅かに見開いた。
「無理に言わせてしまったようで……違うな、君の目を見たら本心だと分かる。ありがとう」
謝罪を口にしかけたルキノさんは、私の顔を見て止まる。きっと彼なら何も言わなくたって、私のその言葉が本当だと理解出来るはず。そう思った私は正しかったようで、ルキノさんは温かな笑みを浮かべた。
「だが一つ間違いがある。私の装いは主人ではなく、執事だと言う事だ」
「こんなに威厳がある衣装なのに執事?」
いつもの調子が戻ってきたような様子で、ルキノさんは人差し指をピンと立て“間違い”を指摘する。怪訝な表情を浮かべる私にルキノさんは恭しく一礼し、手を差し伸べた。
「ああ、ナマエだけの執事さ。何でも言ってくれたまえ、お嬢様?」