どうか永遠に

入りたまえ、その声に私はルキノさんの部屋へと足を踏み入れた。扉を閉めて顔を上げると、此方へ歩いて来ている彼の姿が視界に入る。

「わざわざ来てもらわなくても大丈夫だったのに!」
「いやなに、私がそうしたかったからしただけさ。それに、どうやら君の片手は塞がっているようだ」

私の為に来てくれたのは明らかなのに、自分の為だと言うルキノさんに頬が緩みそうになる。それと同時にサプライズで渡そうと思っていたが、バレてしまった事実に気が付いた。しっかりと隠そうとしていなかった私が悪いのだし、どのみち渡すのだからと気持ちを入れ替えて、ルキノさんを連れてテーブルへと移動した。まるで私がこの部屋の主かのような行動に彼は目を丸くした。そして苦笑を溢しつつゆったりとした足取りで向かった。

「もう気が付いていると思うんですが、ケーキ……持って来たんです」

ルキノさんにソファに座るようにお願いし、私は箱から出したケーキを並べた。今日は彼の記念日と聞いていたから、少しでもお祝いをしたかったのだ。彼の事だからケーキを出した時点で記念日のお祝いだと気が付くと思ったのに、何故か首を傾げてケーキをまじまじと見つめていた。

「あれ? ケーキ嫌いですか?」
「嫌いではないが……今日は何かあるのか?」
「えっ」

まさか記念日を忘れているパターンだろうか。そういったものに無頓着だと知ってはいたが、ケーキを手に取り見つめるルキノさんが、全く心当たりのないといった様子で心配になってきた。

「今日は記念日だって…」
「私とナマエの?」
「いえ、ルキノさんの」
「ふむ。……ああ」

私の言葉に一瞬悩むような様子を見せたルキノさんは、いつもより少し低い声で呟く。その声が拒絶の色を乗せているようで。記念日と言われていても、それが全て良い事とは限らない……そこまで思い当たらなかった事に血の気が引いていく。どうしよう。悪い考えが頭を支配して、口から無音の声が漏れる私をルキノさんがゆっくりと撫でる。

「どうした?」
「え、あ…」
「私を祝ってくれるのではないのかね?」

そうルキノさんは緩やかに微笑んだ。私を思考の海から引き上げ、温めてくれるようだ。撫でてくれていたルキノさんの手を取り、そっと握るように頭から降ろした。握っているルキノさんの手に僅かに力を込める。微かに彼の身体が揺れた。

「迷惑じゃないですか?」
「迷惑? そんな事あるものか! ……今日が記念日と言われる理由について、少しばかり思いに浸っていた、だけさ」

問いにルキノさんは澱む事なく答える。彼もまた私の手を絶妙な力加減で握った。まるで手の形を確かめるかのように緩急をつけた動きに、自身の頬が熱を帯びて来ていた。ぼうと視線を遣っている私に構う事なく話すルキノさんの言葉が、ほんの一瞬途切れる。そして視線を落として思考する様子に、気が付いてしまった。

「ルキノさん…」
「ナマエが私の事を思ってくれたのが嬉しい……ありがとう」

だがそれも束の間、ルキノさんは微笑みを湛えて此方へ視線を合わせた。私の手を引き、そして手の甲へと口付けを落とす。それは身体の芯へと甘い痺れを運んでいくようだ。名残惜しそうに手放す彼に、息が零れた。

「こう言ってしまうのは何だが、私はケーキより…君とこうやって過ごせる事…それを何よりの幸福だと思う」
「こうやって? いつもと変わらないですよ」
「ああ、いつもと変わらない。こんなに良い事が他にあるもんか。不変である事が望ましいと、私が思うなんて」

ルキノさんが身動ぎ、ソファがぎしりと音を立てた。いつもと変わらないという言葉に、一つ一つ確かめるように言葉をルキノさんは紡ぐ。背に深く凭れるような彼は、天井へと仰いだ。
気のせいかもしれない。ルキノさんの瞳が…目の色が濡れていたように見えて、いつも間にか彼へと腕を伸ばしていた。大き過ぎて全てを包む事は出来ないけれど、腕の中へ閉じ込めておきたかった。

「ルキノさん、来年も再来年も…ううん、ずっと今日という日を祝わせてください」
「ずっと…? ああ、そうあってほしい、な」

永遠なんて、有り得ない事だ。だけど、それでも私はそれを信じたいのだ。彼の胸に顔を寄せ、トクトクと規則的に命を刻む音を聞きながら目を閉じた。