効果は抜群だ!

日も完全に落ちて辺りが暗くなってしまった中、私は足早に宝食堂へ向かっていた。暖簾をくぐり入り口の引き戸を引く。店員のいらっしゃいませ! という元気な挨拶、提供されている料理の美味しそうな匂い、そこで食事をしているお客さんの騒めき声……どれもが私の疲れを吹き飛ばしてくれる。入り口付近の席には目もくれず、目的の席まで歩いて行く。奥のカウンター席へ向かうと、私の定位置の隣が既に埋まっていた。

「今日はアオキさんが先でしたか」
「どうも」

座っていたのはアオキさん。この街のジムリーダーだ。先に来ていた彼は声を掛けると、箸を止めて此方へ軽く会釈する。私もアオキさんと同じく会釈し、彼の隣の席へと腰を下ろした。

「またいつものやつですか?」
「はい。これが好きなもので」

チラと隣を見ると焼きおにぎりが置かれていた。アオキさんは随分とそのメニューが好きなようで、大体いつも焼きおにぎりを食べている。以前彼に注文の仕方を尋ねて、女将さんに頼んで作ってもらったが確かに美味しかった。
席に着くとカウンター上から女将さんが熱いお茶とお手拭きを渡してくれる。お手拭きで手を拭きながら何を注文しようかと思案する。

「ナマエさんはどうするんですか?」
「えーっと、どうしようかな……」
「此処の料理はどれも美味しいですから…」

悩みますよね、と続く筈だった声はそこで途切れる。褒めても何も出ないよ! と女将さんに笑われているアオキさんは、いつもの無表情のまま頷いていた。ここで焼きおにぎりを薦めてこないのがアオキさんらしい。カウンター上に貼られているメニューにオススメを見つけ、今日はそれを食べようと注文する。

「毎日変わり映えしないと、何かしら刺激が欲しくなりますね」
「そうですか? 私は別に…」

熱いお茶を火傷をしないように気をつけながら啜る。深く息を吐き、私はポツリと呟いた。一日の大半の時間が仕事で消えてしまうから、そんな日常に刺激が欲しくなってしまう。トラブルのような嫌な刺激は全く欲しくないけど。そんな私の言葉にアオキさんは僅かに首を傾げていた。

「アオキさんは刺激より癒しの方?」
「癒し……そうですね、まあそれなら普段から結構貰っていますが」

アオキさん、ジムリーダーである事を隠している訳ではないのに何故か影が薄い人だ。今もジムリーダーというより、草臥れたサラリーマンにしか見えない(それが本業らしいが)。確かにそんなアオキさんが刺激を求めているなんて想像もつかないし、実際に彼も否定している。
それならば癒しを求めているのかと訊けば、淡々とした口調で肯定した。それも普段から癒しはあると言ったアオキさんに驚き、結構な勢いで振り向いてしまった。私の奇行を気にする事なく、黙々と食べ進めるアオキさんに胸を撫で下ろす。

「やっぱりポケモンですか」

ポケモンじゃなくてぬいぐるみとか言われたらどうしようと、ぬいぐるみを抱きかかえるアオキさんを頭から追い払いながら尋ねた。アオキさんは手を止め……いや、食べ終わったようでご馳走様と小さく手を合わせてからお茶を飲んだ。随分とマイペースだ。

「いえ、ナマエさんとのこの時間です」
「は」

身体はそのままに顔だけ此方を向けて、アオキさんはそう言い放った。効果は抜群だ! 彼の言葉が衝撃的過ぎて、馬鹿なテロップが頭の中を流れる。え? あの冗談なんて言わなさそうなアオキさんが冗談を言った? アオキさんに真偽を確かめようと身を乗り出した時、彼は立ち上がった。

「……すみません、明日早いのでお先に」
「え、ちょ! アオキさん!」

私の引き留める声に軽く頭を下げて、アオキさんは歩いて行ってしまう。早歩きで去って行くアオキさんの耳が後ろから見ても赤くなっているのが分かった。多分私も彼と同じくらい赤くなっているだろう。
お待ち遠さま! という女将さんの声に現実に引き戻された。提供された料理に手をつけながら、奇しくもアオキさんによって刺激を貰えた事に気がつく。次に会った時には彼に問いたださないといけない。美味しい筈の料理の味があまり分からなくて、アオキさんのせい所為だと独りごちた。