突き動かすは我が恋慕

早く部屋に戻りたくて仕方がない。普段は参加しない協力狩りに出ろというお達しが。一人で望まれているであろう役割を果たすだけでは物足りないのかと、顔も見た事のない荘園の主に悪態を吐く。よりにもよってもう一人のハンターがリッパーときた。さっさと終わらせたい私とは逆に、どうやってサバイバーで遊ぼうか考えているような男だ。実に面倒臭い。
待機ホールで奴の話を聞き流しながら、サバイバーの方へ目を向けると、私の愛しの彼女の姿。これは私に対する嫌がらせだろうか。何が何でもナマエを無事に帰らせなければ。ハンターの本分? 知った事か。

 *
ガラスの割れる音が響き、目を開くと遊園地にいた。いつも思うが一体どのような細工があるのか。いずれは解き明かしたいが、今はナマエだ。あのふざけた紳士に彼女が見つかる前に、私が見つけなくては。近くに隠れたサバイバーを無視し、私は脚に力を込め跳躍した。
私が攻撃しないと気付いたサバイバー共を適当に追い払いながら彼方此方を探し、漸くナマエの姿を見つけた。リッパーに風船に括り付けられた彼女を、だ。そのままチェアへ連れて行くかと思いきや、紐を解いて地面へ投げるように降ろしたのを見た私は、

「おい、何をしている!!」
「ああ、ルキノ教授。ちょうどいいところに……ッ!! 何故……私に、攻撃を?」

私はリッパーへとナイフを振り下ろしていた。嗚呼、知っているとも!! ”仲間”である奴を攻撃出来ない事は。だが、私の女を傷付けてただで済むと思うなよ。
急に自分に振り下ろされたナイフを避けたリッパーは、一言ずつゆっくりと私に問い掛ける。口調は優しげだが、随分と苛立っているようじゃあないか。奴に言葉を返さずに、私は倒れているナマエの元へ近付く。

「先程から彼女の事を吊りもせず……甚振って遊んでいるのか?」
「はあ? 貴方ねぇ…何か勘違いされてません?」

私はナマエを庇うように前に立つ。このままリッパーに吊られてしまうなんて、私が許す筈がない。私の言葉にリッパーは大袈裟に手を広げた。足は小刻みに地を叩いている。そうしたいのは私の方だ。

「事実だろう……大丈夫か、ナマエ」
「う……、ルキノさ…痛い、です」

リッパーに背を向け、私は蹲み込んだ。いつもより大分低くなった視線だが、それでもナマエは更に小さい。嗚呼、クソ。私がいながら何という失態。緩慢な動きで顔を上げ、私に答えるナマエをそっと撫でる。
安心しろ、もうアイツに好きにはさせないからな。館に帰ったら……どうにかナマエを試合に出さないように荘園の主に頼めないだろうか。いっその事、私の部屋に閉じ込めておくのでもいい。

「周りを見ろポンコツ教授!!」
「煩い!」

リッパーの聞き捨てならない台詞に、勢いよく振り向く。勿論ナマエに尻尾が当たらないように注意を払って、だ。

「オフェンスにカウボーイ、それに空軍までいるんですよ!! そりゃ降ろしますよ」
「……で?」
「で!? 全く色ボケも大概になさい、私達はハンターですよ」
「…………」

周りを見ると、確かにサバイバー共が集まって来ていた。手に多種多様な”武器”を構え此方の様子を窺っている。全くどちらがハンターだか分かったもんじゃない。
リッパーの言葉はまさしく正論であった。職務を全うしていないのは私だ。だが、そんな事より大切なものが私にはあるのだ。

「あー! もーー!! 分かりました、もう結構!! 私一人で続けますよ!! 何見てるんだ、サバイバー共!!」

今の私に何を言っても響かない事に気付いたのか、リッパーは周りを散らすように刃を振るい試合を強制的に再開させた。悪いな、頑張ってくれたまえ。試合が終わったら少しばかり労ってやろうかと考えたが、それも嫌がらせと奴は思うだろうな。まあ、いいさ。

「ふん……さて、」

煩い奴等が散ったのを確認し、再びナマエの方へ身体を向ける。そこには気配で分かっていたが、ナマエの他にもう一人、医師がいた。どうやらナマエの治療を行っているらしい。普段の試合なら背後で治療を行うなど、此方に喧嘩を売っているとしか思えないが……今回ばかりはいい働きをしたと誉めてやろう。

「貴方とナマエがどんな関係か知らないけれど、彼女を助けたって事でいいのね?」
「わざわざ教える必要もあるまい」

医師は此方を見据え、私にそう問う。私に注意を払いつつ、治療の手を止めないのは流石と言ったところか。ナマエは私と医師のやりとりを困った表情で見ている。きっと私が医師に攻撃しないのか不安なんだろう。
攻撃などしないと目で訴えてやれば、ナマエは安心したのか微かに笑みを浮かべた。嗚呼、可愛いらしいな。痛みを耐える表情も、正直クるものがあったが……やはり彼女には笑顔が似合う。

「エミリー、治療ありがとう。あのね、ルキノさんは私のこっ!?」
「ちょっと!!」

どうやら私がナマエを見つめている間に、医師は完璧に治療を終わらせたようだ。立てるかしら? と医師はナマエの手を引き、ゆっくりと立たせる。ナマエは埃を払いながら、医師に感謝の意と……!
ナマエが口にしようとした言葉を理解した瞬間、私は尻尾で彼女を引き寄せた。そのまま抱きかかえ跳躍する。私の突然の行動に医師は非難の声を上げたが、わざわざ止まる義理もあるまい。

 *
周りに誰の気配もない事を確認し、私は抱きかかえていたナマエを優しく地面へ降ろす。その際にナマエに傷が残っていないか、さりげなく確認する。いくら試合が終わると傷はなかった事になるとは言え、少しでも彼女に他人が付けた傷があるなど堪えられない。

「ルキノさん? 急にどうしたの?」

ナマエは先の私の行動がどのような意図を持っていたのか、理解出来なかったらしい。表情に翳りがない事を見るに、疑問は抱くも不信を抱いている訳ではなさそうだ。

「ナマエ、私達が恋人だと医師に言おうとしたな」
「駄目、だった?」

何故そうしたのか、ナマエに伝えると彼女の眉がへにゃっと下がった。嗚呼、泣きそうな顔をしないでくれ。俯いてしまったナマエの肩をそっと掴む。

「いいや! 駄目ではないさ。万が一、それが理由でナマエが憂き目に遭うかもしれないと思うと、な」

私とナマエが恋仲である事を否定したい訳じゃない。ハンターと良い仲であるという事で、ナマエがサバイバーの中で孤立しないのか心配なだけだ。どうか機嫌を直してくれ、愛しい人。なんて柄にもない事を考える己を嗤った。柄にもないが……それ程までに彼女を愛しているのだ。
俯いたままのナマエの肩が揺れている事が振動で伝わってくる。泣いてしまったのかと心配したが、どうやら笑っているようだった。

「何を笑っているんだ?」
「そこまで心配してくれるなんて、優しいなあって思って」
「優しい? ナマエの事を想うなら当然の事だ」

私は彼女の肩から手を放して問い掛ける。顔を上げたナマエの表情は本当に穏やかで、見ているだけで私の心も暖かくなるようだ。
ナマエの表情を溶かしたのは、どうやら私の言葉だったようだが……優しい? 優しいのは私と共にあってくれる彼女の方だ。

「ありがとう。……でも、もう気にしなくていいよ」
「何?」
「後ろ」

ナマエは私を見上げ、私の手をぎゅっと握る。可愛らしい声で礼を言うと、気にしなくていいと……どういう事だ? 怪訝な表情をする私に、ナマエは悪戯っぽい笑みを浮かべ私の後ろを指さした。彼女に導かれるままに後ろへと顔を向ける。

「ッ!! リッパー……いや、お前達!!」
「本当にそうだったとはねえ……」

視線の先には此方の様子を窺うリッパー、そしてサバイバーの姿。一体いつからそこにいたのか。私はナマエを傷つけぬようにと下に置いていたナイフを掴み、くるりと回し構える。
米神辺りを搔きながら心底呆れたような声色で私に近付いてくるリッパーに、ナイフを向けつつ周りにも意識を向ける。おや、形勢逆転ですねと嗤う紳士が憎らしい。何が逆転だ、試合を続けるんじゃなかったのか?

「素敵な恋人で良かったね、ナマエちゃん」
「おい!! カウボーイ、ナマエに近づくな!!」
「おっと、」

いつのまにかナマエの側に行き、肩に手を回そうとしていたカウボーイを手で追い払う。油断も隙もあったもんじゃない。他にも何か言いたげなサバイバー共が、ナマエの周りに集まって来ている。もしや全員いるんじゃないだろうな? 苛立ったままリッパーを見ると、肩を竦めて頭を軽く振っていた。随分と素敵な仕返しをしてくれるじゃないか、ン?
ふいに服をくいっと引っ張られるのを感じ、後ろへ振り向く。そこには頬を薄らと染め、上目遣いで遠慮がちに此方を見上げるナマエがいた。そんな彼女を見た瞬間、荒立っていた感情がスッと抑えられる。どうしたと彼女に問えば、可愛らしい唇から甘く澄んだ声が奏でられる。

「ルキノさん、これからは隠さずに会えるね」
「嗚呼、そうだな。私のAngelo!」

何て愛らしいんだ、私の彼女は。ナマエが良いと言うのなら、幾らでも君の側に居ようか。尻尾でナマエをそっと掬い上げると、周りに見せつけるように頬に口付けを落とす。くすぐったそうに身を捩る彼女が愛おしくて、胸がいっぱいになる。
この可憐な蕩けるようなナマエの表情は私が作ったのだ。彼女は私のものだ、手を出すな。私の独占欲なんて知らず、幸せそうにはにかむナマエを抱き締め空へと跳ぶ。

「全くいい加減にしろよ、教授」

リッパーの呆れ声が聞こえ、そして消えていく。面倒だった協力狩りも……今回に限っては悪くなかったなと独りごちた。