その一言が出ない

「素敵だ」「可愛い」「一緒にお茶でも」なんて言葉をカヴィンは色んな女性に掛けている。その行為を別に否定するわけじゃない。だけど、ハンターにまでそんな言葉を掛けている彼が、私には一度も言ってくれたことがないのは正直悲しい。カヴィンって私のこと嫌いだと思う?そう目の前の彼女達に愚痴る。

「私にそんな事言われても知らないよ…」
「トレイシーまで冷たいこと言わないでよー!」
「大丈夫! きっとカヴィンさんは恥ずかしがっているだけなの」
「ありがとう、エマ……」

言う相手を間違えたかなと思ったが、ため息を溢したトレイシーは「まあ、愚痴くらいなら付き合うよ」と笑う。エマもトレイシーも優しい!大好き!なんて大袈裟に騒ぎ立てた。そうすればカヴィンの事を考えなくていいから……そう思っていたのに。

「これは可愛らしい仔猫ちゃん達じゃないか! 僕も混ぜて……」
「カヴィン」

浮かれた声が聞こえて、振り向くとカヴィンがいた。私には掛けてくれない甘い声色でこちらに寄って来た彼は、こちらを見て一瞬固まる。そして先程までの浮かれた様子はどこやら……ぎこちない様子で彼の笑みが引き攣った。

「あー、ナマエちゃん。……と、用事があったんだった。それじゃあね!」

すぅっと視線を逸らし立ち止まるカヴィンに心が冷えていく。やっぱり彼は私を嫌っているみたいだ。彼女たちに掛けるみたいな甘い台詞どころじゃない。じゃあねと手を振った私は笑顔でいれただろうか。

「……ね?」
「うん…これは」

カヴィンが完全に姿を消した後、私は自嘲気味に呟いた。こんなにあからさまな様子を、二人がいる前で取ってほしくなかったなあ。トレイシーは先程までと打って変わって、深刻そうな表情を浮かべている。エマも何かを考えるように黙りこんでしまった。

「うーん、ナマエさん。後でカヴィンさんと直接お話した方がいいと思うの」
「えっ?」
「エマに任せて! だからナマエさんは自分の気持ちをしっかり話してね」

心を溶かすような笑みを浮かべて、エマは自信ありげにそう告げる。私とトレイシーは彼女の思惑を理解出来なくて顔を見合わせたけれど、彼女の話に乗ろうと頷いた。すでに傷ついているんだから、どうにでもなれ!

*
次の日。エマに来てほしいと裏庭に呼ばれた私はそこへ通じる扉をゆっくりと開いた。ここはいつ来ても日が差し込み、温かくて落ち着く。私を呼び出した彼女はどこに?と辺りを見渡しながら歩いていく。どこにもいない。エマを見つけられない私は、とりあえずベンチに腰を下ろして目を閉じた。心地の良い風が頬を撫でていき、段々と眠くなってくる。

「ここで寝たら風邪を引いてしまうよ」
「……う、ん?」
「ごめん、それだけ気になって」

優しく肩を叩かれて、微睡からゆっくりと引き上げられる。重い瞼を何とか持ち上げると、眉を下げて困った様子のカヴィンがこちらを見ていた。夢かと思ったけれど、踵を返して去ろうとしている彼の姿に意識が覚醒する。

「…え、ま、待って!」
「……待つさ、だけど…」
「カヴィンが私のこと苦手なのは知ってる。でも、私の気持ちも話したくって」

呼び掛けに振り返ったカヴィンにそう伝える。自分で言っていて悲しくなってくる。絞り出すように話す私を見ていたカヴィンの目が開かれる。どうしてそんな驚くような表情を?私が直接言ってきたから?

「誰しも好き嫌いはあるけど……カヴィン、私それでも悲しいの。せめて嫌いな理由だけでも…」
「嫌いじゃない! 嫌いじゃないさ」
「カヴィン…?」

段々と尻すぼみになる私の声はカヴィンによって掻き消される。今度は私が驚きの表情で彼を見つめることになった。カヴィンの視線は宙を彷徨い、足は僅かに後退りしている。

「ごめん、ナマエちゃん。君がそう思っていたなんて知らなかったんだ!」
「話が見えない…ねえ、どういうことなの?」
「その……僕は君の事が…」

嫌い。面と向かって言われるのがやっぱりきつくて、無意識に耳を抑えていた。はっきりした方がいいと思っていたけど、人から嫌われるのは怖い。そんな私の心境を表すかのように、身体が微かに震え出す。

「あっ……本当にごめんよ。僕が君に伝えるのを恐れていたから、こんなにも君を傷つけてしまった」
「……」
「うじうじしているのは僕の性に合わない。ナマエちゃん、君の事が好きだ!」

他の子に掛けるみたいなストレートな言葉。だけど、今まで聞いたことのない“好き”という響き。急なカヴィンからの告白に言葉にならない音が溢れる。だってカヴィンは私のことが嫌いだったんじゃ…。

「えっ? 冗談?」
「ジョークじゃないさ、信じてもらえなくたっていい…これが僕の本心だよ」
「だって…今までカヴィンに可愛いって言われたことも、お茶に誘われたこともないんだよ? むしろ私のこと避けてたじゃない」
「それは…謝っても謝り切れない…」

非難の声にカヴィンは目線を下に落とす。彼がいくら好きだと言っても、今までの行いをはいそうですかと言えるほど出来た人間じゃないのだ。少し無言の時が流れたが、不意にカヴィンが視線を上げた。

「それに、君とはお茶じゃなくて…一緒に旅がしたいんだ」
「た、び…」

旅がしたい。はにかみながらそう告げるカヴィンに心臓がトクトクと音を立てていく。お茶じゃなくて旅、それは荘園を出ても私といる未来を想像しているということ?身体が少しずつ暖かくなっていくのを感じる。

「カヴィン、でも可愛いって言ってほしい」
「えっ!? いや、この流れでかよ!」
「仔猫ちゃんとも呼ばれたいな」
「う、あ……こね…ナマエちゃん、その」

顔を真っ赤にして狼狽えるカヴィンを笑い飛ばして、私は館へと歩き出す。後ろから待ってくれ!と慌てた声が聞こえたが、知らんぷりして足を進めた。今までの仕返し!
ああ、本当にカヴィンに嫌われていなくてよかった。悲しかった思いは消えないけれど、きっとこれからそれを塗り替える思いをくれると信じている。いつの間にか隣に並んだカヴィンと顔を見合わせて笑い合った。