枷はそれか

「アルヴァさんって深入りはしてこないですよね」

何にとは言わなかったが、アルヴァさんは分かったようだった。私の頭を撫でていた彼の手が止まる。深入り……それは私たちの関係。アルヴァさんは今のようにスキンシップをしてくるけれど、それは決して甘いものではない。まるでペットに対してしている愛情表現のようなそれに、思わず先程の言葉が漏れた。顔を上げて隣に座っているアルヴァさんを伺うと目が合った。彼の琥珀色の瞳がわずかに揺れる。

「……ナマエの気のせいだよ」
「貴方がそう言うのであれば、そう思う事にしますけど」
「ああ」

手を放して視線を逸らしたアルヴァさんの様子に、心の中で小さな痛みが広がっていく。彼にとって私の存在は重きを置くようなものではないのだろう。表面上は何ともないように振舞っているが、惚れた男にそんな対応をされる事は辛い。

「この距離感が嫌いという訳ではないんですが、時折寂しさを感じてしまう事もあるんです」
「……」

その思いが言葉となってぽろっと零れた。気が付いた時にはもう遅く、心臓がチェイスをしている時かのように激しく鳴り始める。沈黙が怖くて仕方ない。

「帰ります」

沈黙に耐えられなかった臆病者の私はスッと席を立つ。それでも彼からの言葉はなくて、やはりこの程度の関係だったのかと嫌でも気が付いてしまった。ここを出たらこの関係も終わりにしよう。

「私は、君とは違う」
「アルヴァさん?」

アルヴァさんはゆっくりと呟いた。足が止まる。彼の声色はいつも通りだったけれど、何かが違う気がする。振り返って見た彼の表情は僅かに苦痛の色が乗っていた。どうして、今この時に。

「私はもう死んだ身だ。奇跡によって息を吹き返したが、果たして生き返ったと言えるかどうか」
「それは…」
「生者と死者は交わらない。本来はそうだったはずだ」

生死の話。今まで触れる事がなかったけれど、私達二人の間に明確に存在している壁だった。アルヴァさんの諦めが入ったような物言いに思わず彼を責める言葉が喉元まで上がってくる。そんな事私だって知っている、それでも……彼を愛おしく思う気持ちを消せはしないのだ。それをまるで言い訳のように語る彼に憎しみにも似た感情が湧いてくる。

「それが理由ですか」

その声は思った以上に低くなっていた。ああ、何ともない関係の女が怒ってくるなんてこれ程面倒な事もないだろう。彼にそう思われたくない、都合の良い女でいたかったのに。

「……欲など、死んだ時に無くなったと思っていたんだ。一度枷を外してしまえば止められなくなる」

私の問いに答えないまま、アルヴァさんは語る。つらつらと口から零れるそれは、今まで見せてくれなかった彼の心情だ。先程までとは違った音で私の心臓が鳴り始める。勘違い、してもいいんだろうか。作っていた境を壊して進んでも、彼は去っていかないだろうか。逸る鼓動を聞きながら、アルヴァさんへと想いを伝えるべく口を開いた。

「それって止める必要、ありますか?」
「これ以上ナマエが欲しくなったら、私はどうすればいい?」
「もっと、欲しがればいいじゃないですか。ねえ、アルヴァさん」

蜜のような琥珀を揺らした彼は迷いなく私を抱きしめた。