※不穏
負けた。彼女とバトルをして早十数回、遂に自身の手持ちは全て戦闘不能に陥り、誰が見ても彼女の完全なる勝利だった。彼女の喜ぶ声がどこか別の世界のように感じる。目の前が真っ黒になりそうとは言い得て妙だとアオキは思う。
本来なら己が負けを認めて、彼女へ賞賛の言葉を贈るべきなのだろう。しかしアオキの口からは何の言葉も溢れはしなかった。彼女は負ける度に強くなっていく。ポケモン勝負も、精神の在り方も。諦める事を選択せずに上を目指そうとする志、きっと自身の上司であるオモダカなら絶賛するはずだ。自分も早く何か言わなければと、そう思うも頑なな口は何も音を出さない。
「やっぱりアオキさんも負けると落ち込むんですね」
「あ、ナマエさん……すみません、放心してました」
「いえ、大丈夫です! アオキさんに勝てたなんて夢みたい」
「ナマエさんは本当に、強くなった」
ああ、本当に。アオキは心の中で強く思う。いけない事だと理解しつつも、周りにバレないように少しずつ手持ちのレベルを上げていた。彼女が自分に勝てないように、彼女がずっと自身に挑むように。もしそこで折れてしまってもいいとまでアオキは考えての行動だったが、彼女はそれを乗り越える。そんな彼女に抱く想いは、称賛、尊敬……そして嫉妬だ。
「この後はどうするんですか」
「そうですね、残っているジムにも挑戦しようと思います」
「そう、ですか。お強いので、きっと大丈夫でしょうね」
「私もそう思います! ここでアオキさんに鍛えてもらったから」
「……ああ、あなたって人は」
小さくなる言葉尻に彼女は怪訝な表情を浮かべてアオキを覗き込む。悟られてはならない。彼女の実力ならもう他のジムリーダーで苦戦する事もない。そこまで彼女を育てたのは紛れもないアオキだ。彼女の実力が世間に知られて、凄いトレーナーがいると持て囃されるに違いない。誰が彼女を強くしたかも知らずに! 彼女の事は自分が一番理解しているのに! アオキは喉元まで競りあがって来た黒い感情をグッと飲み込む。まだ、気付かれてはいけない。
「アオキさん?」
「いえ、そのナマエさんの実力なら四天王に挑むのもいいのでは、と」
「四天王ですか!? ちゃんと戦えるかな……」
やはり彼女は強い。四天王戦を勧められた凡人であるならば、初めから戦いの場を想像する事すら出来ないだろう。しかし彼女には戦いの舞台に立っている姿が見えているのだ。
アオキの手によって羽化した彼女は、アオキの手の届かない所へと飛び立とうとしている。ならば再び彼女前に立ちはだかればいい。四天王戦は今までと異なり同僚の目もあるが、そこは上手くやればいい。いつの間にか固く握りしめていた手をアオキはそっと解き、後ろに隠した。
「あなたならいけますよ」
これ程までに四天王を兼務していた事を喜んだ時はないだろう。純粋な応援として言葉を捉えた彼女を見ながらアオキは思う。飛び立たないように、自分の手で彼女を引き摺り落そう。アオキの胸中からはすでに焦燥感も消え去って、高揚感がそこを満たしていた。