いつものことだよ

「とりあえず、お昼ごはん食べよっか?食べたいものある?」
「やったー!俺、蕎麦がいい!昨日テレビで見てから食べたかったんだー!」
「姉上様、たまごやき!甘いたまごやきが食べたいのじゃ!」
「ふふふ、メルクリアはそう言うと思って…じゃん!卵を買ってきました!卵焼きは焼きたてにしたいから最後に焼くね〜」


喜ぶ二人に食卓の台拭きをお願いして、私はキッチンを間借りすることに。最新のIH対応調理器具が置いてある静謐なお社、改めて考えるとめちゃくちゃ面白いよね。最近では次の冬に備えて床暖房も入った。冷え症気味だったので大変助かります。


「二人とも、蕎麦は温かいの?それとも冷たいのにするー?」
「わらわは冷たいの!とろろも欲しいのじゃ!」
「任せて〜!コーキスはどうする…コーキス?」
「……マスター?」


なんだろう、コーキスから反応がない。というか、何か他のことに集中しているような。メルクリアと目を合わせ、そろっとコーキスの様子を伺う。これはもしや、主人の声を聞いているのだろうか。連絡…にしてはかなり険しい顔をしている気がするのだけれど、まさか。


「ちょ、え、よく聞こえない…マスター?え、社って…マスター!?」
「うーん…メルクリア、ご飯はちょっと後にしよう。少し離れててね」
「う、うむ…あの、姉上様。なんだか変な気配がするのじゃ…あまり、今は近寄りすぎないで下され」


そろりと離れつつも心配そうに様子を伺うメルクリア。マスターと呼びかけ続けるコーキスの様子を見ていると、やはりめちゃくちゃ焦っていた。あ、これ嫌な予感がする。距離を取ろうとしたのと同時に、焦った様にコーキスが立ち上がって…つんのめった。あ、終わったな。


「っ、マスター待って…っどわっ?!」
「うわ熱っ!」
「いたっ?!え…アッなまえ様?!」
「こ、コーキス!この馬鹿者!」


勢いで伸ばされた右腕が僅かに私の袖を掠め、その瞬間にバチ、と弾けるような音が鳴った。コーキスも跳ね上がったし、私も一瞬の熱さで腕が焼けた感覚がする。これはまずい。メルクリアが叱責の声を上げるも時すでに遅し…というやつだ。
ひとまず二人から距離を取って、もう繋がっていない様子のコーキスを間に挟む立ち位置にさせて貰った。続けて妹まで狙われては堪らない。


「とりあえず、イクスはなんて?」
「あ、えと、ぼやけてよく聞こえなかったけど…死んだ神の社、とか言ってた…」
「ああ、通りで…あれ雷かぁ、痛かった」


そんなのどう考えたって厄介事引き当ててるじゃん。現地のイクス達が無事かどうか一気に心配になってきた。死んだ神様とは相性めちゃくちゃ悪いみたいな話、前にしてたよね…と思い出していた時、コーキスとメルクリアが揃って悲鳴をあげた。


「なまえ様、腕、腕!!」
「あ、姉上様、腕が…!!」


おやと見遣れば右腕がみるみるうちに赤く腫れて、何かが巻きついたような形になっていった。うーん、ちょっとわかり易過ぎやしませんかね…?


「完全に目印だ…大変遺憾の意」
「ええいコーキス、このばかものばかものー!あんな所でこける者があるか!姉上様が目をつけられてしまったでは無いかーっ!!」
「うわぁぁぁごめんなさい!!ほんとにごめんなさい!!」
「今回のは仕方ないから!私も気が抜けちゃってたし!」


連絡中の主従を通じて目をつけるだけならともかく、このお社の中にまで手を伸ばせるなんて滅多にないことだ。こんなことになるなんて思ったことなかったし、今回は本当に不可抗力じみてたと思う。対処方法も正直よくわからないし、どうすればいいのやら。

…なーんて色々考える間もなく、早速なんだけれど。
心做しかどうも、ふわふわと体の感覚が浮いてしまっているような。
詳しいことはわからないけど、たぶん、現地のイクスを捕まえるのにカミサマがめちゃくちゃ張り切っているんじゃないかと思う。イクス達には悪いんだけど、頼むからカミサマには余所見とかしないで欲しかった。


「あ、姉上様!どうかお気を確かになのじゃ!ええいコーキス、早いところ元凶を成敗するようイクスに伝えよ!姉上様まで連れていかれてしまうではないか!」
「いやマスター達も結構危なそうな感じだったんだってば!クソ、どうすればいいんだ…ってなまえ様起きて下さい!寝ないで!ちょっと輪郭ぼやけてるってば!」
「ごめん…お蕎麦はまた後でね…」
「お蕎麦とか今どうでもいいからー!!」


もうしっちゃかめっちゃかだ。二人の声が膜を隔てたようになってよく聞こえないし、視界が少しぼやけてゆく。私は特になんにもできる事がないので、こんな風に魂だけ引っ張られている時もされるがままになる他ない。うーん、いつもこんなんばっかりである。気をつけているんだけどな。


「――なまえ」


ふわりと感覚が浮ききった瞬間、やけにくっきりと、ひとつ声が聞こえた気がしたような。

暗転。