--vs宗教団体調査的な奴A


正直、放置しようと思わなかったといえば嘘になる。だが、あの悪趣味な魔鏡具の影響はまだ残っているのだと、そう言われていたから。袖を引かれた時の様子に引っ掛かりを覚えて、理由をつけて研究室を抜け出した。そうしたらどうだ。
あいつも、それから他の何人かも見当たらない。嫌な予感がして気配を探れば、建物内のどこにもいない。

どくり。心臓が嫌な音を立てた。

あいつが当たりを引いたか、あるいは最初から目をつけられていたのか。わからないが、立ち入り禁止の区域の方から、微かに騒がしい気配を感じた。
駆ける途中、所々で倒れている数人と、焦げたような跡。それから、あいつが持たされていた魔鏡具の欠片。最後には乾いた血の跡。ここに辿り着くまで、戦ったのか。
護身用に使えるようにもするが、どうしてもという時以外、一人では絶対に、特に限界まで使うようなことは決してするなと――使い過ぎで壊れれば、揺らいだアニマの影響でまた心が不安定になる可能性が高いからと、学者連中にきつく言い聞かされていたのに。

それでも使ったということは、間違いなく切羽詰まった状況に置かれていたということ。
砕け散った魔鏡具がここにあるということは…限界まで戦った使用者が、そのまま戦う手段を無くしたということ。
そして、血の跡だけを残して、ここに誰もいないということは。

どくり。どくり。どくり。
心臓の鼓動が早くなる。つまり、あいつは。あいつは今。

「マーク!急いで人手寄越して。今日中にここを叩く」
『は?待て待て、一体何があった』
「捕まった。あいつ一人だけ」
『――他の面子はどうした?』
「ボクは単独、他も予定通りに動いてる。あいつだけ、完全に…こっちが読み違えたんだ。…クソ、腹立つ!」
『シンク、詳しく説明しろ。今イクス達とそっちに向かうから、』
「時間ない。戦った跡があるんだよ。試作品の魔鏡具が壊れてるし、放っておくとマズイんだろ」
『魔鏡具って…副作用止めが壊れたのか?!』
「そういうこと」


着いたら東の棟をぶっ壊しに来てと伝えて通信を切った。

あいつがようやくマトモな状態に落ち着いてきたのに、また零れ落ちようとしている。
副作用…イアハートの言葉を借りて、負の侵食。ファントムの魔鏡具の後遺症。
とんでもなく腹立たしい。他人を信じないのはボクの方がお似合いだというのに、これを発症している時のあいつの不安定さと来たらない。しかも状況が状況だ…また、死のうとでもしていたら。

そうでなくても、相手に捕まっている以上、何をされているか。血の跡は、どちらのものか。

痕跡はここで消えているけど、構造的に恐らく奥に向かった筈。


「ホントに手のかかる奴だな…!!」


走りながら毒づいて、しかしすぐに頭を振った。違う、今回は自分のミスもある。それに今のアイツにこの言葉を投げた時、どう受け取るか…考えたくもない。舌打ちしたくなる。ああまったくなんで気を抜いたのだ自分は!

奥の奥の、更に奥。扉の向こうから複数の気配がする。ついでに漏れ聞こえる何か呟く音。
複数人詠唱かとあたりをつけた。たぶんアイツもこの中だろう。様子を伺っていると、中から高い声。


「……もん、心配…!……大丈夫、」
「楽しいだけだから!」


やけにはしゃいだ声に嫌悪感が走る。あいつの友達だとかいう女の声。だが、どことなく異常だ。
迷っている暇はない。何か始めようとしているのは間違いないだろう。

呼吸を整えて、扉を思い切り殴りつけ…収束させた力をぶちまけた。


「フリジットコフィン」


跡形もなく扉が吹っ飛ぶ。ある程度中の立ち位置を把握して放った術は、予定通り詠唱者何人かも戦闘不能にしていた。


「とりあえず、うちの返してもらうからね。で、話は最後に聞い…て…」


白煙で視界があまり宜しくないが、中央にいるのはわかった。だからさっさと回収して終わらせようと、払いながら近寄って。

少しずつ晴れた視界の先の光景に、血の気が引いた。


円形のベッドが一つ。その横で立ち竦む女が一人。だが、それよりも。その上に。
投げ出されたままの誰かの体と、その足を割り開くように伸し掛る男がいる。男が驚いたように振り返ったことで、その誰かの姿が見えた。

閉じた瞼、頬の擦り傷、足の切り傷。
口端から流れる血。
はだけた服。薄らと見える、肌の上の赤い跡。


「は?」


指先が急激に冷えていく。一歩、踏み出した足元で氷の破片が割れる。思考が上手く纏まらない。


「…何それ。何、してるの」


やっと出た言葉ですら、やたらと掠れてしまっていた。理解が追いつかないから、違う、理解したくないだけだ、わかっている。わかってしまっているから。
もう一歩を踏み出した所で、青ざめた女が叫び出す。


「あなた、なん、なんでここに…?いいえ、とにかく儀式ををしなくちゃ!君、彼女を連れ出して、早く!他は足止めを!」


呆然とこちらを見るばかりだった何人かが慌てたように動き出す。倒れたままのアイツに男の腕が伸ばされた瞬間、視界が赤く染まったような錯覚を起こした。


「――さわるなァ!!」


全力で踏み込み、男を蹴り飛ばして。続け様に女もついでに蹴り飛ばす。弱い。こんな弱い奴ら相手に、ここまで殺意を抱いたのは何時ぶりだろう。

術の気配に飛び上がると、ちょうどその場に光が収束して弾け飛ぶ。続けざまに飛び交う攻撃を躱して再び着地。周囲の詠唱がひたすらに煩わしい。「っアブソリュート!」拳を床に叩きつけ、冷気を爆発させる。周囲に壁を作るように発生させた氷壁の内側で、ようやくその有様を目にした。

閉じられた瞳から細い水滴が流れ、血と混ざって頬を滑っていく。抱えあげた体にはまだ温かさもあれば、脈もある。呼吸もしている…生きてはいる。だが、依然として指先一つですら動く気配がない様子は、まるで死体のようだった。見下ろした首元から、胸元まで点々と続く赤い跡が、酷くくっきりと目に映る。

言い様のない感情に振り回されて死んでしまいそうだった。

ピシリと氷壁にヒビが入る。とにかく、ここからこいつを連れ出さなければ。抱える為に片腕が使えなくなるのは痛いが、こいつらから逃げるだけなら造作もない。
張り巡らせていた氷壁が砕け散る。動かない体を担いで、全力で駆け出した。

早く、早く。
邪魔な術士の何人かに蹴りを入れ、一気に部屋の外まで駆け抜ける。


***

おわり!



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